お金があっても満たされない経営者に起こる“負のスパイラル”
売却後によく聞かれる悩みのひとつに、「お金はあるのに満たされない」というものがあります。
資産が1億円から10億円に増えたとしても、幸福度が比例して10倍になるわけではありません。食事や住環境の質は一定ラインで頭打ちになり、通帳の数字も増えた瞬間は嬉しくても、数ヵ月もすれば「当たり前の光景」になってしまいます。
こうした“幸福のパラドックス”のなかで起きやすいのが、「アイデンティティの喪失」です。経営者は、会社という舞台や肩書きを通じて社会のなかでの役割を実感しています。そのため、その役割を手放した瞬間「自分の居場所がない」「誰にも必要とされていない」と感じる方が少なくありません。
また、そのあとに訪れるのが「燃え尽き(バーンアウト)」です。資金繰りや従業員の生活を背負う重圧から解放されることはたしかにメリットですが、その“戦っていた日々”自体が生きがいだった場合、解放感は時間差で虚無感へと変わります。
取引先や業界仲間とのつながりが薄れ、社会的な関係が希薄になると、孤独感はさらに強まります。
老後幸せになる人は、売却前から「第二の人生設計」をしている
では、売却後に穏やかで充実した老後を送りやすい人は、なにをしているのでしょうか。共通しているのは、「売却前から準備を始めている」点です。具体的には、下記の3点が挙げられます。
1.セカンドライフのスケジュールを立てる
健康や家族との過ごし方など、各項目ごとに現状を可視化したうえで、目標を決めます。
・健康:週何回運動するか
・家族との時間:月に何回一緒に食事をするか
・社会との接点:所属コミュニティはいくつあるか
・学び:1年でなにを学びたいか
・貢献:誰になにを渡すか
など
「なにをして過ごすか」「どこに生きがいを置くか」「週の予定をどう埋めるか」、できれば売却前にまとめておきましょう。
経営者を卒業したらとたんに時間が増えますから、単に趣味を増やすだけでは不十分です。各項目をスケジュールに落とし込むことで、不安が軽減されるはずです。
2.段階的に移行する
いきなり「0か100か」で切り替えるのではなく、顧問として1〜3年ほど残り、引継ぎと並行して自分の生活リズムを整えていきます。仕事量を徐々に減らしながら新しい活動を増やす“フェードアウト設計”は、心理的な負担を軽減します。
いきなり毎日が休日になるよりも、週のなかに適度な“締め切り”があるほうが、生活のリズムが崩れにくいのです。
3.家族との対話を最優先にする
売却後は時間が増える分、夫婦の価値観の違いが表面化しやすくなります。住む場所や旅行や移住の希望、子や孫への支援の範囲、お金の使い方の基準などを、早い段階ですり合わせておくことが、後々の幸福度を大きく左右します。
特に、海外拠点の購入や長期滞在といった大きな意思決定は、「楽しい非日常」ではなく現実の延長線上として捉えることが重要です。
また、自社を売却して売却益を得た瞬間から、税務や相続をはじめ考えるべきことが一気に増えます。そのため、相談先を選ぶ際は、説明責任・透明性・独立性を軸に慎重に選ぶようにしましょう。
資産管理会社の活用、贈与、保有資産の組み替えなどは、運用と税務を切り離して考えるとトラブルの原因になります。老後の安心のためにはウェルス・マネジメントの専門家に相談することをおすすめします。
たとえ自社を高額で売却できたとしても、それは決して“贅沢の許可証”ではありません。売却後の幸せは金額ではなく、役割・人間関係・健康・資産防衛のバランスで決まります。
売却益は人生を再設計するための資源として、M&Aを検討し始めた段階から、第二の人生の設計図づくりも同時に始めるといいでしょう。
岸田 康雄
公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
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