起業は「一世一代の大勝負」ではなくなった
「会社を設立する」と聞いたら、皆さんはどんなイメージを思い描くでしょうか。
オフィスを構え、スタッフを雇い、綿密な事業計画書を手に銀行へ融資を頼みに行く…。有能な起業家が腹をくくって全力で挑むもの――。もしそう考えているなら、イメージを改めていただく必要がありそうです。
近年において、会社設立のハードルは大きく下がっています。これまでのような「全力の挑戦」ばかりではなく、日々の生活や働き方の延長線上に、ごく自然に位置づけられるものへと変化しているのです。
背景にあるのは、個人の「稼ぎ方」「働き方」の多様化
ここ2〜3年の間に、司法書士の事務所に「会社を作りたい」と相談に訪れる人々の層は、それ以前とは明らかに一変しています。かつては「脱サラして店舗を構える」「本格的に事業を立ち上げる」という方が主流でしたが、現在は違います。最も増えているのは、「本業を持ちながら、個人でも何かを始めたい」という会社員や主婦、さらには学生といった、ごく普通の方々です。
背景にあるのは、個人の稼ぎ方や働き方の多様化です。動画編集、SNSの運用代行、ネット物販、あるいは各種AIツールをいち早くキャッチアップして提供するビジネスなど、個人の「好き」や「得意」の延長線で収益を得られる窓口が、世の中に無数に生まれました。クラウドソーシングやスキルシェアのプラットフォームが普及したことで、誰もが看板を持たずにビジネスを始められる時代になったのです。
このように、個人が自分の力で小さな経済圏を持てるようになった現代において、その「受け皿」や「ツール」として選ばれているのが会社(法人)という選択肢です。「退職して退路を断つ」のではなく、「会社員を続けながら、もう一つの自分の居場所として小さく会社を持っておく」というスタイルが、新しいスタンダードになりつつあります。
資本金1円、16歳の学生も社長になる時代
現在の法律では、資本金1円からでも会社を設立することが可能です。実際に、ある司法書士のもとを訪れた最年少の相談者は、当時16歳の高校生でした。SNSや動画配信を通じて個人で大きな収益を得るようになり、それを本格的に事業化したいという目的から、親権者の同意書を添えて家族とともに法人化の手続きを行いました。
また、コロナ禍以降では「ライバー(ライブ配信者)のマネジメント事務所を作りたい」という相談も急増しています。ライブ配信の世界では、雑談をしたり歌を歌ったりといった、一見すると趣味の延長のような活動で、月に数百万円から数千万円規模の利益を上げる一般人が珍しくありません。
昔の「テレビタレント」のような限られた世界ではなく、普通の人が自分の好きなことでファンを増やし、それがそのままビジネスになる。そんな時代だからこそ、年齢や経歴に関係なく、会社の設立という選択肢が誰にとっても地続きのものになっているのです。
「年収700万円」だけが法人化の基準ではない
では、実際にどの程度の収益があれば会社を作る現実味が出てくるのでしょうか。
税制面の損得勘定だけで言えば、一般的には「副業としての純利益が年収700万〜800万円を超えたあたり」が個人事業主との損益分岐点、つまり法人化した方が得になる目安だと言われています。個人にかかる累進課税の所得税よりも、一律に近い法人税で収めた方が手元にお金が残るようになるからです。
しかし、現代の会社設立におけるリアルな実態は、この「金額の基準」だけでは測れません。たとえ今の収益がそこまで大きくなくても、「取引先から『個人ではなく法人と契約したい』と言われたから」という信頼性を理由に設立するケースや、あるいは「事業として本気で取り組む覚悟を形にするために、最初から法人でスタートする」というケースがむしろ増えています。
会社を作るという行為自体、現代においては何百万円もの莫大な資金を必要とするものではありません。実費を含めても数十万円程度で収まる世界です。「十分に稼げたら作る」のではなく、「これからの人生でビジネスを育てるために、先に法人の箱を持っておく」という、主体的な選択ができる時代になっているのです。
人生の自由度を高める「手段」として
もちろん「今すぐ誰もが会社を設立すべきだ」ということではありません。しかし、「会社なんて自分には一生関係のないものだ」と端から選択肢を消してしまうのは、非常にもったいないことです。
「会社は、必要になればいつでも、誰でも、比較的簡単に作れるものだ」と知識として知っているだけで、世の中の見え方や、自分のキャリアに対する心の余裕は大きく変わります。本業に留まらない自分の可能性を試したくなったとき、あなたの人生の自由度と選択肢を広げてくれる強力な武器として、「会社設立」という手段を頭の片隅に置いてみてはいかがでしょうか。
加陽 麻里布
司法書士法人永田町事務所 代表司法書士
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