「店をやめてほしい」…家族との距離の広がり
店を始めて3年目に入った頃、家庭内の空気は大きく変わっていました。
最も苦しかったのは、妻との関係です。恵子さんは、店を始めてから夫婦の会話が減ったと感じていました。
誠一さんは店のことで頭がいっぱいで、家でも売上や仕入れの話ばかり。赤字が続くようになると、次第に表情にも余裕がなくなっていきました。
ある夜、恵子さんは静かに言いました。
「もう、お店をやめない?」
しかし誠一さんは強く反発しました。
「ここでやめたら、全部無駄になるだろ」
その頃には、追加投資や運転資金で、貯蓄は大きく減っていました。娘夫婦からも心配されるようになります。
「老後のお金、大丈夫なの?」
誠一さんは苛立ちました。
「お前たちに迷惑はかけない」
ただ、本音では焦りもあったといいます。年金受給が始まっても、生活費と店の赤字補填が重なり、家計には余裕がありませんでした。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』でも、高齢期は収入を増やしにくい一方、医療費や生活費への不安を抱える人が多いことが示されています。
転機は、妻が別居を切り出したことでした。
「あなたは“夢”を見ているのかもしれない。でも私は、安心して暮らしたい」
恵子さんは娘の家の近くへ移りました。
誠一さんは、一人で店を続けています。閉店後、売れ残った弁当を店の奥で食べる夜も増えました。
「こんなはずじゃなかったんです。本当は、家族と楽しく歳を取るつもりだった」
誠一さんは、ぽつりとそう漏らしました。
挑戦すること自体が悪いわけではありません。ただ、老後の挑戦には、“失っても取り戻せる時間”が現役時代より少ない現実があります。
「好きなことをして生きたい」
その思いは、人生を前向きにする力にもなります。一方で、理想だけでは支えきれない現実があることを、誠一さんは、店の片隅でひとり弁当を食べながら痛感していたのです。
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