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前職でのトラブルを理由に解雇できるか?
ある企業の副社長兼人事担当者は、採用から2年が経過した30代のプログラマー(年俸1,200万円)の処遇に苦慮しています。当該社員は業務成績が芳しくなく、勤務意欲も低い状態にありますが、成績不良のみを理由とした解雇は、配置転換などのプロセスを経ない限り法的に認められるハードルが高いのが実情です。
こうしたなか、相談者は外部からの情報により、当該社員が前職で解雇や残業代請求訴訟などのトラブルを抱えていた事実を把握しました。「もし採用時にこの事実を知っていれば採用しなかった」と考える相談者は、これを「経歴詐称」として解雇理由に付加できないか検討しています。
そこで、ココナラ法律相談「法律Q&A」に次の3点について相談しました。
(1)前職関係者から聞き出した過去のトラブルを理由に、経歴詐称として解雇することは可能か。
(2)解雇予告手当を支払って解雇に踏み切ったものの、後に不当解雇と判断された場合、会社が被る損害額の目安はどの程度か。
(3)株式上場を控えている状況下で不当解雇判決を受けた場合、上場審査や社会的評価にどのような影響を及ぼすか。
経歴詐称を理由に解雇することは容易ではない
結論として、本件で経歴詐称を理由に解雇することは容易ではありません。経歴詐称による解雇が認められるのは、「重要な経歴について虚偽申告(詐称)があった場合」に限られます。ここでいう重要性とは、その事実を知っていれば会社が採用しなかったと客観的にいえる程度のものを指します。
しかし、労働者には、企業から問われていない事項についてまで自発的に申告する義務はありません。前職での解雇や残業代請求訴訟といったトラブルについて、採用時に質問されていなかったのであれば、不申告のみをもって直ちに「虚偽申告(詐称)」とは評価しにくいといえます。
さらに、前職での解雇や残業代請求といったトラブルについて、プログラマーとしての業務との関連性も必ずしも高いとはいえず、採用判断に決定的な影響を与える「重要な経歴」とまでいえるかは疑問があります。加えて、実際の業務に具体的な支障が生じていない場合には、信頼関係が破壊されたと評価することも難しいでしょう。
したがって、本件は「重要な経歴について虚偽申告(詐称)があった場合」には該当せず、経歴詐称を理由とする解雇は認められにくいと考えられます。
不当解雇と判断された場合の「未払賃金」への懸念
ここで重要となるのが「バックペイ(未払賃金)」です。通常、労働者は働いて初めて賃金請求権を得る(いわゆるノーワーク・ノーペイの原則)のが原則ですが、解雇が無効と判断された場合には、「本来は働けたのに会社が違法に働かせなかった」と評価されるため、会社は解雇期間中の賃金を遡って全額支払う義務を負うことになります。
このバックペイは、基本的に「解雇されていなければ確実に支払われた賃金」が対象となります。固定給は当然に含まれ、固定残業代なども対象となる可能性があります。一方で、実費性の強い通勤手当や、実際の労働が前提となる残業代は対象外となるのが一般的です。また、賞与については就業規則や支給実態によって扱いが分かれます。
さらに注意すべきは、この金額が非常に高額化しやすい点です。解雇無効を巡る紛争は長期化することが多く、労働審判から訴訟に移行すると1~2年、長い場合には3~4年程度かかることも珍しくありません。その間の賃金がすべて積み上がるため、本件のように年俸1,200万円のケースでは、単純計算でも3,000万円規模の負担となるリスクがあります。加えて、遅延損害金や、場合によっては賞与相当額なども問題となり得ます。
なお、従業員が解雇後に他社で収入を得ている場合には、その一部をバックペイから控除できる可能性がありますが、控除には上限があり、必ずしも全額が減額されるわけではありません。また、就労意思や能力が完全に失われている場合を除き、バックペイ自体が否定されるケースは限定的です。
社会的信用やレピュテーションの低下を招くリスクも
上場準備企業においては、労務管理やコンプライアンス体制が厳しく審査されます。不当解雇の判決が確定した場合、労務リスク管理の不備として評価され、上場審査に影響を及ぼす可能性があります。また、不当解雇に関する紛争は外部からの注目も集まりやすく、企業の社会的信用やレピュテーションの低下を招くリスクも否定できません。
以上から、本件のような事案では、安易に経歴詐称を理由として解雇に踏み切るのではなく、法的リスクを踏まえた慎重な判断が求められます。


