(※写真はイメージです/PIXTA)

定年後、生活環境を大きく変える選択は珍しくありません。特に地方移住は、住居費の軽減や自然に囲まれた暮らしへの期待から、多くの人が検討する選択肢です。しかし、環境が変わることで、これまで当たり前だった生活基盤も同時に変化します。国土交通省『令和5年度 高齢社会に関する意識調査(高齢期の住み替えについて)』では、住み替えにあたって「交通の利便性」や「買い物環境」への不安が挙げられています。住まいを変えることは、暮らしそのものを組み替えることでもあります。

「ゆっくり暮らそう」地方で始まった新生活

東京都内に住んでいた健一さん(仮名・67歳)と妻の洋子さん(仮名・65歳)は、定年を機に地方へ移住しました。夫婦の年金は合わせて月20万円。退職金として約2,000万円の貯蓄もあり、「これからは無理のない生活を」と考えていたといいます。

 

選んだのは、長野県内の小さな町にある中古の一戸建てでした。購入費用は都内のマンション売却益で賄い、ローンは組んでいません。周囲には自然が広がり、静かな環境が魅力でした。

 

「空気もきれいだし、時間がゆっくり流れている感じがして。ここなら穏やかに暮らせると思ったんです」

 

移住当初は、理想通りの生活でした。近所の直売所で野菜を買い、庭の手入れをしながら過ごす日々。都会では感じられなかった余裕を実感していたといいます。

 

長女の真理さん(仮名・38歳)も、「両親が楽しそうにしている」と安心していました。電話でも「順調だよ」「思っていたより快適」と前向きな言葉が続いていたため、大きな心配はしていなかったといいます。

 

転機となったのは、移住から1年ほどたった頃でした。久しぶりに様子を見に行こうと、真理さんが実家を訪ねたのです。

 

玄関を開けた瞬間、違和感がありました。

 

「何かおかしいと思いました。匂いというか、空気の重さが違ったんです」

 

室内には物が増え、整理されていない状態でした。キッチンには使いかけの食材が放置され、賞味期限の切れた食品も目立ちます。冷蔵庫の中も、ほとんど中身がありませんでした。

 

さらに驚いたのは、リビングの一角でした。段ボールや日用品が積み上げられ、その中に未開封の宅配品がいくつも置かれていたのです。

 

「何がどうなっているのか、すぐには理解できませんでした」

 

話を聞くと、生活の負担が徐々に増していたことが分かりました。最寄りのスーパーは車で20分。最初は運転していた健一さんも、次第に外出の回数が減り、まとめ買いができなくなっていたといいます。

 

「“そのうち行けばいい”と思っているうちに、食材がなくなっていったそうです」

 

また、ゴミ出しや掃除といった日常の管理も、思うようにできなくなっていました。庭の手入れも手が回らず、家の外も荒れ始めていたといいます。

 

総務省『家計調査(2025年)』によると、高齢夫婦のみの無職世帯の消費支出は月26万4,148円です。住居費が抑えられても、交通費や維持費、生活環境の変化による支出が新たに生じることがあります。数字だけでは見えない「生活の負担」は、徐々に積み重なっていきます。

 

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