「頼る先がなくなった」団地の一室で始まった暮らし
その日以降、夫婦は大輔さんへの連絡を控えるようになりました。最初は「少ししたらまた普通に話せる」と思っていましたが、返信はほとんどありません。孫の写真も送られてこなくなりました。
「家の中が急に静かになりました。もともと二人暮らしなのに、もっと狭く、もっと暗く感じるようになったんです」
築年数の古い団地では、日々の小さな不便も目立ちます。共用階段の上り下り、浴室の段差、古い配管、冬場の寒さ。国土交通省『公営住宅等長寿命化計画策定指針(改定)』では、昭和40年代建設の公営住宅について、高齢者が安全・安心に暮らせるよう、住戸内や共用部、屋外のバリアフリー化を進める方針が示されています。古い公営住宅で高齢者が暮らし続けるには、住まいの安全性も課題になりやすいのです。
節子さんは、以前なら息子に聞いていたことを、今は団地の管理事務所や自治体の窓口に相談するようになりました。良一さんも、地域包括支援センターの存在を初めて知ったといいます。
「息子に頼れないなら、外に聞くしかない。そう思うまでに時間がかかりました」
ただ、気持ちは簡単には切り替わりませんでした。節子さんは何度もスマートフォンを開き、大輔さんとの過去のやり取りを見返していました。
「“もう連絡しないでほしい”という言葉が頭から離れませんでした。あの子にも家庭があるのは分かっているのに、やっぱり寂しいんです」
数週間後、夫婦は自治体の相談窓口を訪れ、見守りサービスや生活支援について説明を受けました。買い物が難しい日は配達サービスを使うこと、修理や書類の相談はまず窓口に聞くこと。少しずつ、息子だけを頼る形から変えていくことにしました。
大きく何かが変わったわけではありません。息子との関係がすぐに戻ったわけでも、暮らしの不安が消えたわけでもありません。それでも、良一さんは「あのメッセージが区切りだった」と振り返ります。
高齢の親子関係は、支える側にも支えられる側にも限界があります。
「息子に頼るしかないと思っていました。でも、それでは息子の生活も壊してしまうのかもしれません」
築40年の公営住宅で始まった暮らしは、決して楽ではありません。それでも夫婦は、頼る先を少しずつ増やしながら、自分たちの生活を組み直し始めています。
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