成功した息子と、変わらない母の日常
子世代が経済的な成功を収めたとき、親への恩返しを考える――これは、自然な感情でしょう。しかし、良かれと思って手を差し伸べても、なぜか受け取ろうとしない。そんな親もいます。
亮介さん(46歳)と、その母・久子さん(73歳)が、まさにそうでした。
若くしてITベンチャーを起業し、事業は成功。現在は都心のタワーマンションに住んでいます。真っ白な室内には、妻と二人の子ども、そして血統書付きの愛犬。まさに「誰もが羨む成功者の生活」を手にしています。
対する久子さんは、築40年になる地方の古い家で一人暮らし。年金は亡き夫の遺族年金と合わせて月15万円ほど。ホームセンターで買ってきた材料で自ら縁側を直し、庭で小さな畑を楽しむ……そんな素朴な暮らしを続けていました。
亮介さんは帰省するたび、リフォームプランや高級老人ホームの資料を見せ、説得しようとしました。
「母さん、もう無理しなくていいんだよ。僕には十分な貯金がある。お願いだから、このお金を受け取って、もっと楽な暮らしをしてよ」
亮介さんは、自分を育ててくれた母に恩返しをしたい。そんな気持ちでいっぱいでした。しかし、久子さんはいつも穏やかに、決まってこう答えました。
「亮介、優しいのね。でも、いらないわ」
この言葉は、単なる謙虚さや遠慮ではありません。久子さんの胸中には、息子には見えていない価値観がありました。
