外出後、そのまま息子宅へ…タクシーで戻った母のひと言
入居から1ヵ月ほどたったある日のことでした。施設から雅彦さんの携帯に連絡が入りました。
光子さんが「近くまで散歩に行く」と言って外出し、そのまま戻ってこないというのです。サ高住は介護施設とは異なり、入居者の自由な外出が前提となる面もありますが、その日は予定の時間を過ぎても帰宅が確認できなかったといいます。
嫌な予感がして自宅に戻ると、母はすでに息子宅の玄関前に座り込んでいました。施設からタクシーを使って一人で来たのだといいます。
「最初は本当に驚きました。何をしているのか分からなくて」
光子さんは疲れた様子でしたが、はっきりとこう言ったそうです。
「私、あそこでは暮らせない。あんたの家に置いて」
その言葉に、雅彦さんは凍りついたといいます。
雅彦さんは妻と高校生の娘との3人暮らしです。もともと母を引き取る前提で生活していたわけではありません。家の広さにも限りがあり、妻とも「同居は現実的ではない」と話し合ってきました。
それでも、その場で母を突き放すことはできませんでした。いったん家に上げてお茶を出し、落ち着いたところで施設へ連絡。結局、職員と相談し、その日のうちにタクシーでサ高住へ戻ることになりました。
帰りの車内で、光子さんはぽつりとこう漏らしたそうです。
「みんな優しいけど、誰も私のことを知らないのよ」
そのひと言が胸に刺さったといいます。
「安全な場所に入れればそれでいい、という話ではなかったんだと分かりました。母にとっては“守られる住まい”より、“自分の人生を感じられる場所”のほうが大事だったのかもしれません」
内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、65歳以上の人の約8割が持家に居住しているとされています。また、内閣府『高齢者の住宅と生活環境に関する調査(令和5年度)』では、多くの高齢者が現在の住まいに住み続けたいと回答しており、住み慣れた環境での生活を重視する傾向がうかがえます。住み替えは物理的な安全性だけでなく、こうした生活の継続性や本人の納得感も含めて考える必要があります。
その後、雅彦さんは施設側と相談し、母の生活を少し見直しました。週末はできるだけ顔を出し、外出の予定を一緒に立てる。いきなり“新しい住まいに適応させる”のではなく、少しずつ気持ちをつなぐことを意識するようになったといいます。
「入居させた時点で、こちらは一仕事終えたような気になっていました。でも実際には、そこからが始まりだったんです」
現在、光子さんはサ高住で暮らしています。今も「家に帰りたい」と口にすることはあるそうですが、以前のように突然飛び出すことはなくなりました。
安全と安心、家族の限界と本人の気持ち。そのすべてが絡むからこそ、正解は一つではないのでしょう。雅彦さんが凍りついたワケは、母の行動そのものより、“住まいを変えれば解決する”とどこかで思っていた自分の見通しの甘さにあったのかもしれません。
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