突然始まった同居…崩れた生活設計と夫婦の余裕
当初、雅彦さんは「しばらく様子を見るだけ」と考えていました。しかし、実際にはそれほど単純ではありませんでした。
母は日常生活の多くを一人でこなせるものの、段差の上り下りは不安定で、入浴時にも見守りが必要でした。食事もやわらかいものを用意する必要があり、通院には付き添いが欠かせません。
「想像していた“同居”より、ずっと手がかかりました。妻にも負担がかかってしまいます」
良子さんは当初こそ「仕方ないよね」と受け入れていましたが、食事の準備、洗濯、病院の付き添い、夜間のトイレ介助のような対応が増えるにつれ、表情が変わっていったといいます。
「退職したら少しは楽になると思っていたのに、逆に家の中がずっと緊張状態になってしまって」
金銭面の負担も無視できませんでした。母の年金はあるものの、医療費、通院交通費、生活用品の追加購入などで支出は増えていきます。
さらに雅彦さんが重く感じたのは、夫婦の時間が急になくなったことでした。
「温泉旅行の写真を見返すたびに、あれが最後の“気楽な時間”だったのかなと思ってしまうんです」
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、要介護者等から見た主な介護者のうち同居者は45.9%で、その内訳は配偶者が22.9%、子が16.2%、子の配偶者が5.4%です。また、同居する主な介護者の多くは60歳以上で、いわゆる老老介護が広く存在しています。雅彦さんの家庭も、まさに「自分たちの老後」と「親の介護」が同時に始まる形になっていたのです。
その後、夫婦は地域包括支援センターに相談し、母の要介護認定の申請を進めました。福祉用具の導入やデイサービスの利用も検討し、「家族だけで抱え込まない」形に少しずつ切り替えたといいます。
「もっと早く相談すればよかったです。母が来た時点で、もう“家族だけで何とかする話ではない”と認めるべきだったのかもしれません」
退職を機に始まるはずだった夫婦の老後は、母の来訪によって大きく変わりました。温泉旅行のあとに描いていた穏やかな暮らしは、そのまま続けることが難しくなったのです。
高齢の親との同居は、単なる生活の変化ではありません。介護や生活の負担も含めて、一気に現実としてのしかかってきます。雅彦さん夫婦は、その重さを退職直後に実感することになりました。
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