「いやよ、出ていかないで」思わず口をついた一言
田中和子さん(69歳・仮名)は、夫の正雄さん(72歳)と長女の由美さん(43歳)との3人暮らしです。
「お母さん、私、一人暮らししようと思うの」
ある日の夕食後、いつものようにテレビを見ていたとき、由美さんが突然切り出しました。
「え……今さら? どうして急に?」
由美さんは仕事に追われるうちにタイミングを逃し、実家での生活が当たり前になっていました。しかし、ずっとこのままでは駄目だと決意したというのです。「親に甘えてばかりはいられない」――由美さんの独立は、親を思う気持ちと、自分の将来を見据えた末の決断でした。
しかし、和子さんは動揺し、言葉を失いました。頭に浮かんだのは、これまで当たり前のように続いてきた生活のこと。これからも変わらないと思っていたのに……。そう思った瞬間、不安が一気に押し寄せました。
「お願い、出ていかないで」
思わずそう口にすると、自分でも驚くほど感情があふれ、涙が止まりません。しかし、由美さんの決意はすでに固まっていました。
「助かっていた」はずが「頼りきっていた」
かつては「早くお嫁に行きなさい」と言っていた和子さんでしたが、それは由美さんが30代だったころまで。今や「娘が家にいてくれて助かる」と感じていました。
それは、家に誰かがいる安心感、買い物や家事を分担できる気楽さ。そして毎月8万円の生活費です。
由美さんは毎月8万円を家に入れており、そのお金は、食費や光熱費の一部として組み込まれていました。娘のお金は、いつの間にか「助かる」から「前提」に変わっていたのです。
夫婦の年金は月20万円ほど。これまでは、そこに由美さんが家計に入れる8万円を加え、月28万円で生活することができました。家計は一見安定しているように見えていましたが、実際にはその8万円に大きく依存していました。

