「月150万円」の固定費
息子の入学後、丸山家の固定費は膨れ上がりました。学費に加え、アフタースクール、英語家庭教師、ピアノ、サッカー、プログラミング教室。さらに港区の家賃を含めると、毎月の固定費は150万円近くになっていました。
しかし、最大の問題は金額ではありません。一度始めると「途中でやめられない構造」に陥ることです。「子どもがかわいそう」「これまでのお金が無駄になる」という感情が、合理的な判断を鈍らせます。さらに決定的だったのは、息子自身の一言。
「転校したくないな……」
丸山社長のから“撤退”という選択肢を完全に奪い去りました。
経営者が越えてはならない一線
教育費の引き落としが迫るなか、個人の口座に余裕がなくなった丸山社長は、会社の口座にあるまとまった資金に目をつけました。
「少しだけなら、いけるか……。すぐ戻すし、問題ないだろ」
そう自分に言い聞かせ、ついに会社の資金に手を出しました。経営者が絶対に越えてはいけない一線です。一度これを越えると、心理的ハードルは驚くほど低くなります。
しかし、この行為は財務諸表上、恐ろしい足跡として残ります。「役員貸付金」の計上です。
金融機関からの信頼を失うことに
金融機関は、決算書にこの項目をみつけた瞬間、冷酷な判断を下します。「我々が事業のために融資した資金が、経営者個人の生活費に流出している」とみなすからです。これは単なる一時的な借り入れではなく、「資金管理能力の欠如」という経営者失格の烙印を押されることにほかなりません。
実際に丸山社長も、その現実に直面することになります。運転資金の確保のため、いつものように金融機関へ融資の相談に訪れた際、担当者の反応はこれまでとは明らかに違っていました。
「今回の試算表ですが、役員貸付金が計上されていますね。この状態では追加のご融資は難しいです」
これまで順調に融資を受けられていたにもかかわらず、その一言で審査は実質的にストップしました。「すぐに返済する予定です」と食い下がっても、金融機関の判断は覆りません。一度でも社外に資金が流出した事実は、「資金管理に問題がある会社」という評価を決定づけてしまうのです。
新規融資の否決、既存融資の条件悪化、そして最悪の場合はリスケジュール(返済猶予)や回収圧力へ……。「あとで返せばいい」という甘い考えが、会社の信用そのものを毀損してしまいました。
家族はブレーキにならない
入学式から数ヵ月後、再び税務署から届いたのは「差押通知」でした。滞納していた税金のため、会社の売掛金の一部を差し押さえられ、もはや隠し通せる状況ではなくなりました。
その夜、丸山社長は妻にすべてを打ち明けました。会社の状況、借入、そして、会社のお金を使ってしまったこと。「学校、変えるしかないと思う」と切り出した丸山社長に対し、妻の対応は冷ややかなものでした。
「は? 無理に決まってんじゃん。いまさら転校とか、ありえないから。会社も大事だけどさ、子どもの環境も大事でしょ?」
丸山社長は言葉を失いました。
当然の結果でしょう。子どもは環境を手放したくありませんし、妻も生活水準を下げることに抵抗を示します。多くの経営者が勘違いしがちですが、家族は必ずしも“経営のブレーキ”にはなってくれないのです。

