「少し休みたい」が招いた貧困への入り口
「スーパーの品出しパートが終わると、もうクタクタです。事務の仕事に戻りたいけれど、どこも雇ってくれません」
そう語るのは、安見泰子さん(仮名・49歳)。半年前まで、中堅メーカーの営業事務として働いていました。
安見さんは数年前に離婚し、現在は一人暮らし。正社員として長く働いてきましたが、40代後半から慢性的な疲労感に悩まされていました。そんなとき、会社で早期退職の募集がありました。 条件は、通常の退職金に特別加算金が上乗せされ、合計で約2,200万円が支給されるというもの。
「当時はとにかく心身ともに疲れていて、休みたかったんです。2,200万円あれば、1〜2年休んでも生活には困らないし、リフレッシュしてからまた事務の仕事を探せばいいと軽く考えていました」
しかし、退職後の現実は過酷でした。半年ほど休養して気力は戻りましたが、いざ再就職活動を始めると、49歳の事務職希望者に対する求人は皆無。派遣会社に登録しても「紹介できる案件がない」と断られ、ハローワークで紹介されるのは立ち仕事や軽作業ばかり。
「パソコンスキルには自信があったんですが、企業が求めているのは『若さ』か『安い賃金』なんです。私の経験が役に立たないことを実感しました」
長生きすることが「リスク」になる恐怖
さらに安見さんを追い詰めたのは、「老後」の長さに対する認識の甘さでした。ファイナンシャルプランナーの無料相談に行った際、平均寿命のデータを見せられて愕然としました。
「家賃を払いながら90歳まで生きるとしたら、2,200万円なんてあっという間に底をつきます。年金も国民年金の期間があるので満額ではありません。計算すればするほど、長生きするのが怖くなりました」
現在は、時給1,300円のスーパーのパートで食いつないでいますが、体力的にいつまで続けられるかわかりません。貯蓄を取り崩す月もあり、通帳の残高が減るたびに不安に襲われるといいます。
「あのとき、どんなに辛くても会社にしがみつくべきでした。正社員という立場が、どれほど自分を守ってくれていたのか、失って初めて痛感しています」
女性特有の「長寿化」と「再就職の壁」
東京商工リサーチ「2025年 上場企業『早期・希望退職募集』状況」によると、2025年の募集人数は1万7,875人に達しました。その対象年齢は50代以上の中高年層が中心となっており、安見さんのような40代後半から50代の社員がターゲットとされています。
この「黒字リストラ」に応募する際、女性は男性以上に慎重な判断が求められるでしょう。その理由は、大きく2つあると考えられます。
第一に「長生きリスク」です。厚生労働省の「簡易生命表(令和6年)」によると、日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.13歳。女性は男性よりも約6年長生きする計算になります。安見さんのように賃貸住まいの場合、人生の後半戦にかかる家賃や医療費などの生活コストは、男性よりも膨大なものになります。
第二に「再就職の壁」です。事務職などのバックオフィス業務はDX化で求人自体が減っており、中高年女性が正社員として再就職するのは困難です。多くが非正規雇用となり、年収は激減します。
「まとまったお金が入るから」という理由だけで安易に退職を決めるのは危険です。自身の健康寿命、資産寿命、そして再就職市場の現実をシビアに見積もらなければ、安見さんのように将来設計が破綻する事態に陥りかねません。
[参考資料]
東京商工リサーチ「2025年 上場企業『早期・希望退職募集』状況」
厚生労働省「令和6年簡易生命表」
