「やりたいことは全部やろう」退職後に選んだ生活
石井さん(仮名・68歳)は、会社を退職した時点で約8,000万円の資産を保有していました。退職金と長年の貯蓄を合わせた金額で、「老後としては十分だろう」と感じていたといいます。
「年金も月に20万円弱は見込めていましたし、無理をしなければ一生持つと思っていました」
独身で子どももおらず、大きな支出予定もありませんでした。住宅ローンも完済済み。生活費も現役時代から比較的コンパクトだったため、「守りよりも使うことを考えよう」と決めたといいます。
退職後すぐに始めたのが、長期の海外滞在でした。
「若いころから海外に興味があって、でも仕事でなかなか時間が取れなかったんです」
最初は東南アジアから始まり、ヨーロッパ、南米と、数ヵ月単位で各地を巡る生活を送りました。現地でアパートを借りたり、ホテルに長期滞在したりと、いわゆる“旅行”よりも生活に近い形でした。
「観光というより、そこに住む感覚でした。毎日が新鮮で、充実していました」
1ヵ月あたりの支出は国によってばらつきがありましたが、平均すると30万〜40万円程度。日本での生活費よりは高くなるものの、「資産があるから問題ない」と考えていたといいます。
総務省『家計調査(2025年)』によると、高齢単身無職世帯の平均消費支出は月14.8万円です。石井さんの生活はその倍以上の支出ペースであり、資産の取り崩しは想定よりも速く進んでいました。
帰国と再出国を繰り返す生活を続ける中で、石井さんは資産の減り方を厳密には管理していませんでした。
「通帳は見ていましたが、ざっくり減っているな、くらいの感覚でした」
為替の影響もあり、海外での支出は想定より膨らむこともありました。さらに、航空券代や長距離移動費、保険料など、日本で生活していれば発生しない支出も重なっていきます。
それでも石井さんは、「今しかできない」と考え、生活スタイルを大きく変えることはありませんでした。
転機は、帰国後に資産の残高を改めて確認したときでした。
「思っていたより、かなり減っていたんです」
数年間で資産は半分近くまで減少していました。年金収入があったとはいえ、支出の大半を資産から補っていたためです。
「初めて、“このままだとまずい”と思いました」
