「このままでは危ない」と娘が感じた理由
さらに誤算だったのは、家そのものの維持でした。
庭木の手入れ、草刈り、雨どいの掃除、古い設備の不具合。夫婦2人で暮らすには十分すぎる広さだった一方、その広さがそのまま負担になっていたのです。
真由美さんが特にショックを受けたのは、冷蔵庫の中身でした。飲みかけのお茶と漬物、卵が数個、あとはレトルト食品ばかり。母は「最近は買い物が面倒で」と笑いましたが、その笑顔には疲れがにじんでいました。
その日の夕方、真由美さんは父が階段を下りるのに時間がかかっていることにも気づきました。父は移住後、慣れない庭仕事で転倒し、膝を痛めていたのです。それでも通院は後回しになっていました。
「車を出すのが大変でね」
その一言を聞いたとき、真由美さんは「この家は、今の両親にとって“理想の老後の家”ではなくなっている」と感じたといいます。
長く暮らし続けるには、医療・生活支援・移動手段が近くにあることが欠かせません。
その後、両親は娘とも相談し、駅に近い賃貸マンションへの住み替えを検討し始めました。移住先の家は売却も視野に入れているといいます。
「失敗だったとまでは言いたくありません。静かで、いい時間もあったから」
澄子さんはそう言いました。ただ、そのあとに続けた言葉が印象的でした。
「でも、老後の家って“好きな場所”じゃなくて、“暮らし続けられる場所”じゃないとだめなんですね」
退職金があり、年金も極端に少ないわけではない。それでも、住宅選択を誤れば暮らしは想像以上に苦しくなることがあります。真由美さんが見たのは、老後設計の前提が静かに崩れていく光景だったのかもしれません。
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