中小受託取引適正化法(旧下請法)のコンプライアンスを考える
執筆者:木目田裕
当事務所・危機管理ニューズレター2026年1月30日号では、中小受託取引適正化法(取適法、旧下請法)改正について、その要点を御紹介しました。
本稿では、その続きとして、取適法に関するコンプライアンス(以下、コンプライアンスに関するガバナンスも含みます)について論じるものです。
この点、社内規程、決裁その他の牽制・チェック、内部監査・内部通報、教育・研修、組織風土その他、コンプライアンスについて一般的・抽象的に言われていることは、取適法コンプライアンスにも当てはまりますが、抽象論や理論だけのコンプライアンスには限界があります。
本稿では、私自身が弁護士として実務上経験してきた違反事例等を踏まえて、取適法コンプライアンスをできるだけ深く根本的な原因と対策に遡って考えてみました。
1.「実質的妥当性」や「経済合理性」、「双方合意」で考えない
下請法時代から変わらないことですが、取適法は、基本的に法令上のルールが「形式的に」適用されるものです※1。委託事業者(特に大企業)から見た場合の「実質的妥当性」や「経済合理性」、「双方合意」なるものは関係ないと考えておく方が無難です。他の分野と比較した場合に、もちろん程度問題ではあるのですが、この点が取適法の最大の特徴であるとともに、取適法コンプライアンスを難しくする最大の要因ではないかと思います。
※1 民法その他の取引法ないし私法的発想は当てはまらない、ということでもあります。このことは、多くの論者も指摘しています。
すなわち、委託事業者側から見た場合、現場では、往々にして、下請け(中小受託事業者)との取引を同等の企業間の通常の取引と同じように捉えて、契約交渉をしたり発注・検収等を行いがちになります。そうすると、現場は、「実質的に妥当な契約内容だ」、「双方にとって経済合理性がある」、「双方が協議の上で納得して合意したものだ」といったことに安心して、そこで思考停止して、取適法のルールへの適合性を十分に確認することを怠って、取適法違反をしてしまうことになります。私は弁護士として、こうした要因が真因となった違反事例を多く見てきました
例えば、引下げ後の新単価の遡及適用という違反類型等は、その典型例の一つです。これは2010年前後頃を中心に多数見られた違反事例ですが、委託事業者と中小受託事業者の双方で協議・合意して単価を引き下げた場合、中小受託事業者がその合意の後に製造して納品する製品であっても、既に従前の単価で発注済みのものであれば、委託事業者が引下げ後の新単価を適用すると、「中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに、製造委託等代金の額を減ずること」(取適法5条1項3号)に該当して、取適法違反となります。双方が妥当だと納得して合意した単価であろうと、新単価を適用する方が経済合理性があろうと、そんなことは関係ありません。違反は違反なのです。この場合、既発注分に引下げ後の新単価を適用することについて中小受託事業者の同意があっても、「中小受託事業者の責めに帰すべき理由がない」以上は、やはり、委託事業者は不当な代金減額として違反となります※2。「実質的妥当性」や「経済合理性」、「双方合意」は関係ないのです※3。
※2 公取・中企庁令和7年11月版「中小受託取引適正化法テキスト」(以下「研修テキスト」といいます)72頁は、「仮に委託事業者と中小受託事業者との間で代金の減額等についてあらかじめ合意があったとしても、中小受託事業者の責めに帰すべき理由なく代金の額を減ずる場合は本法違反となる」と述べています(研修テキスト75頁の「Q97:単価改定を行う場合、遡及適用に関して留意すべき点は何か」も参照)。なお、同様に、事務手数料、歩引き、協賛金、リベート等、いかなる名目であれ、発注書記載の発注金額からの減額は、たとえ中小受託事業者と書面合意があっても、取適法違反になります。
※3 そのほか、不当返品も「実質的妥当性」、「経済合理性」、「双方合意」で考えると、違反してしまう違反類型の一つです。中小受託事業者からの納品の際に委託事業者が受入検査を行っていないと、納品後に製品に瑕疵が見つかっても委託事業者は中小受託事業者にその製品を返品できません(取適法5条1項4号)。中小受託事業者の製品に瑕疵があったから返品したのに、委託事業者は取適法違反に問われます。なお、不当な返品と私法上の規律の相違について、内田清人「独禁法の道標4第3回下請法と民法・商法」Business Law Journal 2018年8月号90頁。
中小受託事業者としては、弱い立場であるが故に、委託事業者から見た場合の「実質的妥当性」や「経済合理性」なるものを、文句を言うこともできないで、我慢して受け入れる(「双方合意」する)しかなかった、ということが、往々にしてあります※4。取適法は、こうした類型的に弱い立場にある中小受託事業者を保護するためのルールなのです。だから、委託事業者側から見た場合の「実質的妥当性」、「経済合理性」、「双方合意」で判断すると間違うことがあります。しかし、委託事業者の現場の立場に立ってみると、現場は「実質的妥当性」、「経済合理性」、「双方合意」があると心底考えているため、取適法違反かもしれないという問題意識を持つこと自体が難しく、「法令を確認せよ」、「法務コンプラに相談せよ」と言っても、現実には、なかなか難しいわけです。
※4 むしろ、中小受託事業者から合意を得ているために違反行為を行っているという認識のない「うっかり違反」が多いと、昔から指摘されています(多田敏明「下請法違反の予防のポイント」ジュリスト1442号(2012年)39頁)。
そこで、取適法コンプライアンスのためには、第一に、現場をして、「実質的妥当性」、「経済合理性」、「双方合意」といった視点で取適法上の規制の遵守を判断させないようにする必要があります。
その手段の一つは、システム化・マニュアル化です。他の法分野と比較して、特に取適法の場合には、発注や検収、支払等に関する業務システムやマニュアルに規制内容を落とし込んで(例えば、引下げ後の新単価の遡及適用であれば、支払システムで自動的にはじく等)、現場がルーティンとして個別検討せずとも法令への適合性を確保できるようにしておくことが重要となります。同様に、発注書や基本契約書等について「ひな形」レベルで取適法の適合性を確保しておくことが重要となります。
また、第二に、役職員の研修においては、事例として新単価の遡及適用や金型無償保管等を取り上げつつ、
① 取適法は対等な当事者間の契約や取引を規定するものではなく、弱い立場にある中小受託事業者を保護するものである
② 「実質的妥当性」、「経済合理性」、「双方合意」で取適法を考えない
③ 法令や運用基準※5等を字義通り形式的に適用するのが取適法であり、公取・中企庁の法執行である
※5 製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律の運用基準(以下同じ)。
④ 現場は、社内規程や、発注・検収のシステム・マニュアル等で明確でない場合には、法務コンプライアンス部門(調達部門における法務コンプライアンス責任者等を含む。以下同じ)等に相談するか、法令・運用基準・研修テキスト等を確認する
といったことを周知することが大切です。もちろん、周知効果を高めるために、よくあるように、e-learningやロールプレイ、理解度テストなどを使うとよいと思います。
取適法の特質に照らし、こうした教育研修は継続して行っていくことが特に重要です。例えば、定期的な社内研修を怠ったことで、何年か経ってから同一の違反行為がまた繰り返された事例もありました(自社販売商品の購入・利用強制の事例等)。
法務コンプライアンス部門等も上記②③の点を常に念頭に置いて、社内規程やシステム・マニュアルの見直し、現場からの相談への対応、FAQ等を通じた水平展開等を行っていく必要があります。つまり、「実質的妥当性」、「経済合理性」、「双方合意」で取適法を考えることなく、常に法令・運用基準等を参照する、ということです※6。
※6 ただし、公取・中企庁も、事案によっては、中小受託事業者にとって合理的理由がある場合、取適法違反と捉えない、あるいは勧告等の対象にしないといった柔軟な対応をすることがありますが、取適法コンプライアンスの観点からは、こうした当局の柔軟な対応は、例外的・救済事例的なものに止まると理解しておく方が適切です。なお、この点につき、長澤哲也「弁護士から見た改正下請法運用の評価と課題」公正取引765号(2014年)26頁以下参照。
特に取適法の場合には、上記で述べた通り、システム化・マニュアル化が重要なところ、法務コンプライアンス部門等が間違うと、会社全体が間違うことになってしまいます。現に、会社のマニュアルが取適法に適合していなかったことが原因となって違反が発生した事例もありました(金型無償保管の事例等)。
なお、法務コンプライアンス部門等の取適法の担当者は、最低限、研修テキストは通読しておくとよいと思います。私ども弁護士も、法令・運用基準等だけでなく、頻繁に研修テキストを参照します。
2.自社の事業とサプライ・チェーンを十分に把握する
次に、会社が意外にも自分たちが行っている事業を把握し切れていないことも、旧下請法時代から取適法違反の根本的な発生要因です。
例えば、金型等の無償保管(不当な経済上の利益の提供要請)等でも、現場に限らず、会社全体として、どの中小受託事業者が自社のどの製品のどの金型等をいつからどのような条件で保管しているのか、把握・管理できていない例が多いように思います。
金型等の無償保管という問題自体は、遅くとも2010年代に入ってからは特に明確に※7、公取のみならず、経産省・中企庁も含め、是正の必要性が指摘されてきました。製造業で法務コンプライアンスや調達にかかわる役職員の多くの方は問題意識を持っていたと思います。しかし、歴史の長い大企業になればなるほど、昔まで遡った金型の保管状況を把握し切れていないため、是正しようにも是正が進んでこなかった面があります※8。
※7 例えば、金型等無償保管に関し、公取・中企庁は平成28年(2018年)に運用基準改正を行っています。
※8 取適法の「うっかり違反」も、現場を把握・管理できていないことが根本的な原因となって生じることが多いと思います。例えば、現場で取引方法等が変更され、それに伴って、発注・検収のシステム・マニュアル等が変更された結果、それまで取適法に適合していたものが適合しないことになって違反になったというケースなども往々にして発生しがちです。
自社のサプライ・チェーンの問題ではないか、と言っても、そんなに簡単な問題でないことは、例えば、日本の企業は、東日本大震災で、二次、三次等といったレベルまでサプライ・チェーンを把握し切れておらず、事業の十全な再開に時間を要したこと、2000年代から欧米ではとっくに問題指摘されてきたサプライ・チェーンにおける人権侵害の防止・是正の問題について、ようやく最近になって本腰を入れて取り組み始めていること等を見れば、自ずと明らかであると思います。
やや脱線しましたが、取適法はまさにサプライ・チェーンの問題でもあり、パートナーシップ構築宣言に見られるように、サプライ・チェーン全体の共存共栄と新たな連携を目指すためにも、委託事業者は自社の事業とそのサプライ・チェ-ンをきちんと把握・管理するように確認し直すべきです。
3.結語
本稿では、原因や対策を網羅的に列挙するのではなく、筆者の視点で見て根本的と思われる点に絞って記載しました。
そのほかの実務的なコンプライアンス上の着眼点については、以下の参考文献が個人的には大変勉強になりましたので、必要に応じて御参照下さい。
【参考文献】
青谷賢一郎「優先的地位濫用と下請法規制の新展開ニトリホールディングスの取組み現場に寄り添った「トレーニング」と「モニタリング」の実践」ビジネス法務2020年7月号49頁
生駒賢治「企業法務担当者から見た下請法-コンプライアンス問題を中心として」公正取引721号(2010年)28頁
石井崇「独禁法の道標3第7回下請法コンプライアンス」Business Law Journal 2017年9月号78頁
石垣照夫「下請法制定50周年を迎えて 違反行為の傾向と法遵守のポイント」公正取引669号(2006年)5頁
板崎一雄「下請法実務の総点検7つの視点が欠かせない下請法遵守マニュアル作成のポイント」ビジネス
法務2019年7月号23頁
清水貴久「優先的地位濫用と下請法規制の新展開 フェデックスエクスプレスの取組み
大量発注でも違反を生じさせない仕組みづくりの検討」ビジネス法務2020年7月号47頁
鈴木満「改正下請法に基づく勧告・公表事件の分析と違反防止への対策」公正取引697号(2008年)18頁
大東泰雄「下請法コンプライアンスに向けた企業の対応」公正取引858号(2022年)23頁
多田敏明「下請法違反の予防のポイント」ジュリスト1442号(2012年)38頁
長澤哲也「弁護士から見た改正下請法運用の評価と課題」公正取引765号(2014年)24頁
長澤哲也「下請法をめぐる最近の動向とコンプライアンス上の留意点」監査役709号(2020年)4頁
峯澤幸久「下請法遵守に向けた取組みについて」NBL865号(2007年)32頁
三好慎一「松下電器産業の下請法順守の取り組み」公正取引689号(2008年)20頁
村田恭介「下請法実務の総点検時間をかけた慣行の是正を社内監査の方法と実施のための体制整備」ビジネス法務2019年7月号30頁
以上
