「ここなら老後は安心だと思った」
都市部で暮らしてきた佐々木さん夫妻(仮名)は、夫の定年退職を機に老後生活の設計を見直しました。退職金は約1,800万円、年金見込み額は夫婦合計で月約24万円。持ち家はなく、定年後も家賃を払い続ける生活になる見込みでした。
「家賃を払わない暮らしにしたいと思ったんです」
そう考えた夫妻は地方移住を決め、中古戸建を900万円で購入しました。
「これで住居費はほぼかからないはずだと考えていました」
支出は都市部より大きく下がる——そう見込んでいたといいます。
移住直後の暮らしは新鮮でした。澄んだ空気、夜の静けさ、庭のある生活。都市では得られなかった環境に、二人は満足していました。ところが半年ほど経つ頃から、家計への違和感が生まれ始めます。
「思ったより、お金の減りが早いんです」
最初に想定外だったのは住宅費でした。購入後まもなく屋根補修、給湯器交換、配管修理が必要となり、初年度だけで約250万円の修繕費が発生しました。
「中古は安い分、手直しが続くと実感しました」
さらに車の購入と維持費、灯油暖房費、庭や外構の管理費用、地域行事の負担金など、都市生活にはなかった支出が重なります。年金生活に入る前の段階から、退職金は想定より早いペースで減り始めていました。
もう一つの想定外は、地域との距離感でした。
「人は温かいんですが、関係が近くて気を遣う場面が多いんです」
都市では匿名性がありましたが、移住先では生活が可視化されます。「常に見られている感じがする」「溶け込もうとすると疲れる」と佐々木さんは言います。
決定的だったのは医療環境でした。夫には高血圧の持病があり、妻も整形外科への通院が続いています。都市部では徒歩圏に医療機関がありましたが、移住先では総合病院まで車で40分かかります。
高齢期の通院は頻度が増えやすく、移動距離の長さはそのまま生活不安につながります。
「老後に必要なのは、自然の豊かさより安心の近さなのかもしれないと感じ始めました」
