「減らしたくない」が前提の老後設計
神奈川県内のマンションで暮らす高橋さん夫妻(仮名・ともに69歳)。夫はメーカー勤務を定年退職し、現在は無職。妻も専業主婦でした。
年金は夫婦合計で月約22万円。退職金と貯蓄を合わせた金融資産は約3,800万円あります。
住宅ローンは完済済み。家計は決して苦しくありません。それでも夫妻は、老後の支出を厳格に抑えてきました。
「資産は減らしたくなかったんです」
夫はそう言います。
食費は月5万円台。外食はほぼなし。旅行は定年後も一度も行っていません。
「贅沢しなければ、年金で回ると思っていました」
実際、家計は黒字でした。資産はむしろ微増していたといいます。
日々の暮らしは規則的でした。朝は同じ時間に起き、同じスーパーに行き、同じテレビ番組を見る。夕食は午後6時。就寝は午後10時。変化の少ない生活は、安心感をもたらしていました。
しかし妻は振り返ります。
「退職してから、夫と話すことが減った気がします」
外出は買い物と通院程度。共通の体験がほとんど増えません。
「一緒にいる時間は長いのに、会話が少ないんです」
夫も認めます。
「特に不満はなかった。でも楽しいことも増えなかった」
転機は67歳のときでした。夫の元同僚が急逝します。同年代でした。
「まだ若いのに…」
葬儀の帰り道、妻が言いました。
「私たち、このままでいいのかな」
帰宅後、夫は通帳を見ました。預金残高はほぼ変わっていません。
「減っていないことが、良いことだと思っていました」
しかしその夜、夫は初めて口にします。
「……もう少し使ってもよかったのかもな」
