78歳でこぼれた“ひとつの後悔”
退院から3年ほどが過ぎたある日、和子さんはぽつりと話し始めました。
「私ね、旅行ってあまりしてこなかったの。若い頃も、子育てのときも、老後も。お金は貯めるものだと思っていたから」
少し間を置いて、小さく続けました。
「もう体力的に難しいでしょう?」
それは、和子さんが初めて口にした後悔でした。
「今からでも行こうよ」
恵美さんがそう言うと、和子さんは静かに首を振りました。
「長い移動はね、不安なの」
年齢とともに、体力や健康、行動の自由度は確実に小さくなっていきます。楽しみを実現できる時間には、限りがあるのです。
後日、恵美さんは写真アルバムを持ってきました。若い頃の母の写真が並んでいました。
「きれいだね」
そう言われると、和子さんは少し照れたように笑いました。
「働いてばかりだったわ」
そして、ぽつりと。
「もう少し楽しめばよかったのかもね」
その言葉は、自分を責めるというより、遠くを見つめるような響きだったといいます。
和子さんの資産は今もほとんど減っていません。生活も相変わらず質素なままです。ただ、考え方は少しだけ変わりました。
「最近ね、ケーキは買うようにしてるの」
そう言って笑いました。
「使う練習ね」
老後資金は、多ければ安心というものではありません。使う勇気と、使える時間。その両方がそろって初めて、資産は生活の豊かさに変わります。
和子さんの後悔は、金額ではなく「タイミング」に関するものでした。「贅沢は敵」と信じて生きてきた人生の終盤で、彼女は初めて「使う意味」を考え始めています。
【関連記事】
■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】
■親が「総額3,000万円」を子・孫の口座にこっそり貯金…家族も知らないのに「税務署」には“バレる”ワケ【税理士が解説】
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】
