「やっと、好きなことができるようになったんだよ」
「今が一番、自由で幸せかもしれないな」
そう笑って話すのは、長年東京都内で会社員として働いてきた69歳の父・松村浩二さん(仮名)。定年をきっかけに、夫婦で静岡県内の山間部に移住しました。
都内の自宅を売却し、築浅の中古住宅を現金で購入。畑付きの土地で野菜を育てたり、近くの川で釣りを楽しんだりと、理想的な「第二の人生」を満喫しているように見えます。
「一日中スーツを着て満員電車に揺られてた頃とは、人生が180度変わったよ。本当に、のびのびしてる」
電話越しにそう語る父の声は明るく、娘の麻衣さん(仮名・36歳)も、当初はその変化を心から喜んでいたといいます。ところがある日、夫とともに久々に両親のもとを訪ねた麻衣さんは、ふとした瞬間に“違和感”を覚えました。
「父はすごく楽しそうに話していたんですけど、よく見ると、母が少し元気がないように見えたんです。あと、冷蔵庫の中がほとんど空っぽで…ちょっと気になって」
さらに、父の話の内容も少し偏りがあるように感じたといいます。
「“畑の野菜が上手く育たない”“自治会の人と話が合わない”って、ずっと同じ話を繰り返していて。今まであんな人じゃなかったから、“もしかして、誰とも話せていないのかな?”って思ってしまって」
静岡の家は自然に囲まれていて、空気も美しく、生活コストも抑えられています。年金も月20万円ほどあり、経済的には大きな不安はなさそうでした。しかし、麻衣さんが心配したのは“生活の質”というより、“社会との接点”でした。
「畑と家の往復だけだと、気づかないうちに心の健康を保てなくなるんじゃないかって…。父は“自分は平気”って言うけど、年を重ねるごとに、何かあったときに急に崩れてしまうんじゃないかと不安になります」
内閣府『孤独・孤立対策の重点計画(令和4年度)』では、人とのつながりが希薄になることで精神的な不調をきたすリスクがあるとされています。
