さらに増えていく「下流」に転落する老人たち
さて、現在における高齢者の相対的貧困率はどの程度なのでしょうか。厚生労働省の「平成25年国民生活基礎調査の概況」によれば、2012年の貧困線は122万円でした。
また、首都大学東京の都市教養学部人文・社会系社会学コース社会福祉学教室の阿部彩教授が公開している「阿部彩(2015)『貧困率の長期的動向:国民生活基礎調査1985~2012を用いて』貧困統計ホームページ」によれば、2012年における全世帯の相対的貧困率は、16・1%となっています。これに対し、75~79歳女性の相対的貧困率が25・4%に上るなど、高齢者の相対的貧困率は高い水準となっています。
とりわけ深刻なのは、やはり一人暮らしの高齢者です。下の図表は、高齢男性・高齢女性の相対的貧困率を、世帯タイプごとにみたものです。
【図表1】高齢者の世帯別貧困率(2012年)
3世代で暮らしている高齢者の場合、男性の相対的貧困率は8・4%、女性は12・5%とかなり低くなっています。これに対し、高齢者単独世帯の場合は、男性の相対的貧困率が29・3%、女性は44・6パーセントとなります。つまり、一人暮らしをしている高齢女性の半分近くが、相対的貧困状態というわけです。
立命館大学産業社会学部の唐鎌(からかま)直義教授(社会福祉学)は、2009年時点で679万人だった生活保護費の受給水準以下で暮らす高齢者が、2014年になると894万人に増えたと発表しています。その背景にあるのは、高齢者の経済的負担が重くなっている現状です。しかも今後も医療費の値上げや年金支給額の引き下げが予想されます。近い将来に消費税の増税も行われるでしょう。下流老人に転落する老人の数は、さらに増えていく可能性が高いのです。
「相対的貧困者」の貧困線が年収122万円以下!?
「相対的貧困率」に似て非なる指標に「絶対的貧困率」というものがあります。こちらは、最低限の暮らしを送るために必要な食べ物や生活必需品すら買えない層の割合を示したもので、主に発展途上国にみられる貧困です。世界銀行では、1日の所得が1・25米ドル以下の人々を絶対的貧困者とし、世界中で約14億人が該当します。
貧困の問題を語るとき、「絶対的貧困率」という切り口で議論がなされるケースはあまり多くありません。ほとんどの場合、「相対的貧困率」が話題になるのです。これはなぜなのでしょうか。
2012年時点の日本では年収122万円が貧困線とされ、これ以下の収入しかない人が「相対的貧困者」と定義されています。
もちろん、世界にはもっと貧しい国がたくさんあります。たとえばアジア開発銀行によれば、最貧国の1つといわれるネパールでは、国民の7割が1日2ドル未満で暮らしているそうです。1ドル=110円と考えると、1日2ドルは220円。1年で約8万円ということになります。要するに絶対的貧困という状況は、発展途上国において生まれているもので、先進国では、相対的貧困率が使われるのです。
先進国のなかでも日本は、GDP499兆円(2015年)を誇る世界第3位の経済大国です。それゆえ122万円という貧困線は、それほど大きな問題ではないように感じるかもしれません。
しかし、相対的貧困率は、OECD指標でイスラエル、メキシコ、トルコ、チリ、アメリカに次ぐ、世界第6位と、先進国のなかでも上位に位置しています。それはなぜでしょうか。
先述の通り、相対的貧困率とは国民の所得順に並べ、その中央値の半分に満たない人の割合をいいます。この場合の「所得」とは、年間の世帯所得を世帯構成による差を調整して計算した1人当たりの可処分所得です。つまり、相対的貧困率は、国民の所得格差を示す指標の一つともいえるのです。所得が中位の半分以下の人の比率であるため、社会全体の生活水準が上がっても、所得が中位の半分以下の人数が増えれば、相対的貧困率は上がっていきます。
これは世界でも同じ傾向で、格差は広がってきているといえます。所得格差は、同一年齢・同一性における所得格差、年齢別所得格差、男女別所得格差によって左右されます。
日本の場合、年齢別所得格差と男女別所得格差が、海外と比べて大きいといわれています。このため、相対的貧困率はOECD諸国のなかでも高い方になっているのです
【図表2】 相対的貧困率国際比較