(※写真はイメージです/PIXTA)

群馬県で75歳の夫と暮らす夫婦の収入は年金の月25万円。平穏な毎日を送っていました。しかし、年末、東京で働く38歳の娘が「3万円のおせちを持って帰る」と提案したことで状況が一変。「毎年、母さんが作ってきただろ」と反発する父に、娘が返した一言が、家族の価値観を揺さぶることになりました。

「いつも、お母さんが我慢してる」

エリカさんは、以前から恒夫さんの考え方に違和感を抱いていました。エリカさんは地元の名門女子校を出て大学進学のために上京。職場で会った夫と結婚し、共働きしながら子育てをしています。そんなエリカさんにとって、「妻が作って当たり前」という価値観は、どうしても受け入れがたかったのです。

 

「毎年、年末になると台所に立ちっぱなしなのは誰? いつも北向きの台所でお正月も立ちっぱなしのお母さんを見るのが辛かった。黒豆も、数の子も、全部お母さんでしょ」

 

そして、ついにこう言いました。

 

「だったら、お母さんだけうちに来たら? いつも、お母さんばかり我慢してるの、見ていられない」

 

数日後、エリカさんから東京行きの新幹線の切符が届きました。

 

「まさか、行く気じゃないよな?」夫の言葉に妻は…

切符を見た恒夫さんは、顔色を変えました。

 

「まさか行く気じゃないよな?」

 

その問いに、美鈴さんは静かに答えました。

 

「エリカに言われてやっとわかったの。私はずっと我慢してきた。今年は、エリカのところでお世話になります」

 

長年連れ添った夫に、初めてはっきりと“NO”を突きつけた瞬間でした。恒夫さんは、肩を落としてこう呟きました。

 

「……スーパーで、何か適当に買ってきて年越ししますよ」

おせちの二極化…手作り=節約と言えない面も

「おせちは家で作るもの」そう言い切る恒夫さんですが、実は今、手作りが必ずしも割安とは言えない状況になっています。

 

黒豆や数の子、魚卵類といった正月食材の値上がりにより、「手作り」のコストは年々上昇。加えて、おせち料理そのものが「特別な行事食=セレモニー」として位置づけられるようになり、大人数向け・大容量のおせちを購入する家庭も増えています。

 

こうした流れを受け、帝国データバンクの調査では、年正月のおせち料理の平均価格は2万9,000円台と、2022年以降で最高値を更新。一般的な価格帯の上限とされてきた「3万円の壁」に、いよいよ迫っています。

 

もっとも、すべてが高級化しているわけではありません。長引く物価高による値上げ疲れを背景に、内容量の調整や食材の見直しによって価格を抑えた「大容量・コスパ重視」のおせちも増加。一方で、3万円を超える商品は「質」や「限定感」を前面に打ち出したプレミアムおせちに集中するなど、価格の二極化が鮮明になっています。

 

おせち市場は現在、「安さを追求する価格競争」と「特別感を打ち出す付加価値競争」が同時に進行する局面に入っており、2027年以降は一層の差別化が求められるとみられています。

 

こうした現実を踏まえると、恒夫さんが信じてきた「手作り=節約」という感覚は、もはや絶対的な前提ではなくなりつつあると言えるでしょう。

「今年は休ませてもらうね」やっと口にできた言葉

エリカさんのアシストで「今年は、少し休みたい」その気持ちを、初めて言葉にできた美鈴さん。

 

毎年当たり前のように引き受けてきた年末の支度。誰にも頼られず、誰にもねぎらわれず、それでも続けてきた時間。

 

「今年は、少し休ませてもらうね」

 

そう言えたこと自体が、美鈴さんにとっては大きな一歩でした。

 

今年の年越しは、東京で娘と孫と過ごします。台所に立たなくても、黒豆を煮なくてもいい正月。それは逃げではなく、長い結婚生活の中で、ようやく手にしたささやかな選択だったのかもしれません。

 

 

 

[参考資料]
帝国データバンク「2026年正月シーズン『おせち料理』価格調査」

 

 

 

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