「ねぇ、おじさん、遅いよ」その一言が胸に刺さる
「今日もか…と思いました」
都内のスーパーで働く中原俊夫さん(仮名・60歳)は、レジに並んだ小学低学年の男の子から放たれた言葉を、苦笑いで振り返ります。バーコードがなかなか読み取れず、手間取っていた時のことでした。
「ねぇ、おじさん、遅いよ」
その一言に、後ろに並ぶ客からも小さなため息。声を荒げる人はいませんでしたが、無言の圧に中原さんはうつむきました。
中原さんは、かつて大手企業に勤め、営業部長まで務めた人物です。年収はピーク時で1,300万円。海外出張も多く、最先端のマーケティングに関わってきました。
「いわゆる“勝ち組”でした。子どもも大学まで出しましたし、家のローンも完済した。定年退職後は、嘱託で年収600万円程度の再雇用がありました」
問題は、その後です。65歳で再雇用契約が終了し、年金暮らしに入ると想定していた矢先、妻の病気が発覚。治療費と介護費用が予想以上にかかり、生活は一変しました。
「正直、プライドが邪魔していました。最初は警備やビル清掃の仕事も探しましたが、慣れない夜勤や体力勝負は厳しかった」
そこで見つけたのが、夕方の短時間枠で募集していたスーパーのレジ。時給1,250円。シフトは週4日、1日4時間。月収は8万円ほどですが、足しにはなります。
「最初は『なぜ俺が…』と思いました。でも、ここで働き続けている今、少しだけ“救われている”ような気がするんです。誰にも必要とされていないと感じるよりは、ずっとマシですから」
総務省『労働力調査(2024年)』によれば、65歳以上の就業率は過去最高を更新し、男性で35.0%、女性で19.3%にのぼっています。また、内閣府の『令和7年版 高齢社会白書』によると、現在、収入を伴う仕事をしている高齢者に「仕事をしている主な理由」を尋ねたところ、「収入のため」と回答した人が55.1%と最も多くなっています。
