「行きたいところは全部行った。でも…」
「今さら、どこに行っても感動が薄いんです。絶景を見ても、美味しいものを食べても、“ふーん、またか”って。お互いに言葉も少なくなりました」
そう話すのは、東京都内に暮らす佐伯一郎さん(仮名・68歳)。地方公務員として定年まで勤め上げ、60歳で退職後は月27万円の年金と、退職金を含めた貯金4,000万円をもとに、妻との二人暮らしをスタートさせました。
当初は国内・海外を問わず、2〜3ヶ月おきに旅行を楽しむ生活。クルーズツアー、温泉、鉄道旅と、かねての夢を次々に叶えていったといいます。
「“このままずっと旅行三昧でいいじゃないか”と思っていました。実際、最初の2〜3年は楽しかった。でも、それがいつの間にか“義務”みたいになっていたんです」
旅行先でも、夫婦の会話は減っていきました。移動中もスマートフォンをいじるばかり。行き先選びや食事の好みも微妙にずれていて、「じゃあ別々に行動しようか」となることも。
「昔は“この景色すごいね”って二人で感動していたのに、今は黙って眺めるだけ。“一緒にいても一人”みたいな気持ちが強くなって」
そんなとき、一郎さんはふと妻のスマートフォンに残されたメッセージを目にしてしまいます。
そこには、同級生とのLINEグループで交わされる楽しげな会話が並んでいました。昔話、近況、軽い冗談…。
「旅行ばっかりで正直疲れるよ」「一郎は話聞いてるふりだけ」といった妻の本音も見つかり、衝撃を受けたといいます。
「思い起こせば、旅行の感想を、妻と共有することもなくなっていた。自分はただ“お金を出して付き添っているだけの存在”だったんじゃないか、と…」
