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高額な援助が家計を崩す現実と、親世代の孤独
翌日、正俊さんは落ち込んでいました。
「俺は、ただ穏やかに暮らしたかっただけなんだがな……」
靖子さんも、静かに頷くことしかできませんでした。
祝い事のたびにお金を求められる状況は、実は珍しくありません。ここ数年で親世代、子世代双方からの相談事例も増えました。その背景には、物価の高騰があります。公立中学校であっても、制服代や部活用品、教材費はかかってきますし、基本的な生活費も子どもの成長とともに増えていきます。その負担を、親世代が「肩代わりしてくれるはず」と考える子世代も多いようです。
しかし、75歳の正俊さん夫婦が100万円を出せば、老後の生活は一気に不安定になります。生命保険文化センターの調査によると、無職世帯の生活費は月約25.7万円。正俊さんの年金20万円では、毎月5.7万円不足します。貯蓄が尽きたあとの生活を考えると、まとまった出費は命取りになりかねません。
それでも、正俊さんが最も傷ついたのは「お金がないから断った」ことではありません。健一さんの言葉でした。
「父さんはケチだ」「助けようともしないのか」長く家族のために働いてきた自負すら否定されたような感覚が、胸を鋭く刺したといいます。
「俺は、ただ財布としてみられていただけなのか……」
正俊さんがつぶやいたその言葉は、老後世代が抱えやすい孤独そのものです。
家族関係を壊さないために必要な“線引き”と“見える化”
では、同じような状況を防ぐために、親世代はなにができるのでしょうか。筆者がファイナンシャルプランナーとしてできるアドバイスは次のとおりです。
老後資金の現実を数字で共有する
正俊さんは、自分の家計状況を健一さんに伝えていませんでした。年金20万円、毎月3万円の取り崩し……。これを「見える化」して共有していれば、100万円を求める発想そのものが変わっていた可能性があります。
援助できる範囲をあらかじめ宣言しておく
たとえば、
「生活費の援助はしない」
このように線引きを明確にすることで、トラブルは大きく減ります。
親自身の老後を最優先にする姿勢をもつ
親が経済的に困窮すると、最終的に子世代の負担がはね返ります。矛盾するようですが、家族のためにも援助しすぎないことが重要なのです。
後日、健一さんは「言い過ぎた」と謝りに来ました。正俊さんは静かにいいました。
「お前を嫌いになったわけじゃない。ただ、俺たちの生活もある。それをわかってほしいんだ」
家族の会話は、ゆっくりともとに戻りつつあります。祝い事は、本来喜びの象徴です。しかし、そこにお金の問題が絡むと、簡単に関係が壊れてしまいます。
無理をしない援助のかたちを家族で共有すること。それこそが、親子の縁を守るための、なにより確かな方法ではないでしょうか。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
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