「ありがとう」のつもりで贈ったバッグ
「少しは、今までの感謝が伝わると思ったんですけどね……まさか、こんなことになるなんて」
そう語るのは、都内在住の元メーカー勤務・佐伯正樹さん(仮名・60歳)。30年以上勤めた会社を定年退職し、約3,000万円の退職金を受け取ったばかりでした。
退職の直前、佐伯さんは密かに“ある計画”を立てていました。専業主婦として家庭を支え続けてくれた妻・佳子さん(仮名・60歳)に、長年の感謝を込めてハイブランドのバッグを贈ろうと決めていたのです。価格は約50万円。百貨店で数日悩みながら選びました。
「高かったですが、節目のプレゼントだし、派手すぎないものを選びました。喜んでもらえると思っていたんです」
ところがその夜、佳子さんの反応は予想外のものでした。
「ありがとう。……でも、なんで今さら?」
その一言だけを残して、佳子さんは寝室に入り、翌朝には食卓の上に離婚届が置かれていたといいます。
突然の出来事に動揺しつつも、佐伯さんは思い当たる節があったといいます。
「考えてみたら、定年後の生活について、夫婦でちゃんと話したことがなかったんです。子どもも独立して、これからどう過ごしていくか、どんなことを一緒にしたいか――そういうの、全部自分の中で決めてしまっていた。妻はずっと、一人だったのかもしれません」
佳子さんが置いていった手紙には、こう綴られていました。
「ありがとう。でも、私は“もの”よりも“言葉”がほしかった。何に感謝しているのか、何をこれから一緒にしたいのか、それが聞きたかっただけです」
