「年金、なくなってるんだけど」母の言葉に凍りついた
千葉県に住む主婦・佐藤明子さん(58歳・仮名)は、都内で一人暮らしをする84歳の母・久子さん(仮名)の生活を月に1~2度訪ね、手伝ってきました。年金は月15万円。贅沢はできませんが、近所の友人とお茶をしたり、週に1回スーパーに出かけたりと、穏やかな老後を過ごしていました。
そんなある日――事件は突然起こりました。
「明子、あんた……お金、勝手に使ったの?」
そう電話口で告げられ、明子さんは思わず耳を疑ったと言います。
その日は年金支給日。久子さんは久しぶりに通帳を手に郵便局のATMへ出向き、記帳をしたといいます。そこに記載されていたのは、「年金振込直後の引き出しと、不自然な支出履歴」。残高は、普段の生活費を考えてもおかしいほど少なくなっていたそうです。
「自分は通帳を触っていないのに……。私が疑われるなんて、思いもしませんでした」
実際、通帳は以前から明子さんが保管しており、生活費は都度母に渡していました。引き出しも必要最小限で済ませており、大きな出金の覚えはないとのこと。
一緒に記帳内容を確認すると、確かに「年金支給日当日に3万円」「2日後に5万円」など、不自然な出金が複数確認されました。しかし、明子さんにとっては身に覚えのない出金ばかり。
「ATMカードは預かっていなかったし、印鑑は母が持っていたはずなんです。でも、母は“明子しかいない”って……完全に疑っていました」
母の疑念は日増しに強くなり、「通帳は返して。もう任せたくない」と突き放すような言葉も。その日を境に、母との電話の頻度も減り、心の距離もどんどん遠のいていきました。
高齢の親の年金や通帳の管理をめぐる“家族間のトラブル”は、見過ごせない社会課題になりつつあります。
総務省の『家計調査(2024年)』によれば、65歳以上の単身無職世帯では、1ヵ月あたりの実収入のうち約90.7%が「社会保障給付(主に年金)」に依存しています。高齢者の家計において、年金が生活の柱であることは明らかです。
また、一人暮らしの高齢者は年々増加傾向にあり、特に高齢になるほど家計の管理が難しくなるケースも増えています。さらに、厚生労働省の推計では、2025年には高齢者の約5人に1人(約700万人)が認知症になるとされています。
こうした状況の中、「親の年金を誰が管理するのか」「通帳やキャッシュカードの扱いをどう分担するのか」といった問題が、家庭内で深刻な軋轢を生む原因となることも少なくありません。
実際には、「親の年金を“勝手に使った”と疑われた」「通帳管理を押しつけ合い、家族関係がぎくしゃくした」といった声も聞かれます。金銭管理をめぐる摩擦は、ときに家族の信頼関係に深刻な影を落とすのです。
