家族で話し合って両親をサポート
相続の問題は、「争いが起きる家庭」だけのものではありません。むしろ、家族仲が良くても、準備をしないまま時間が過ぎることで、手続きができなくなってしまうケースが増えています。
今回ご紹介するのは、ご両親の財産管理を息子さんが中心となって進めたケースです。家族関係は良好で、相続トラブルの可能性はほとんどありません。しかし、ご両親の年齢と健康状態を踏まえると、「今だからできること」がいくつかありました。
ご家族の状況(相談時点)
相談者は長男の正憲さん(50代)。ご両親は高齢となり次のような状況でした。
• 母親80代:日常生活に支障はないが、軽度の物忘れが見られる。判断能力は現時点で十分。
• 姉60代:地方在住。遠方ではあるが協力的。家族関係はとても良好。
主な財産は、
• 母親名義の預金
• 父親名義の預金と少額の資産
このように財産の種類は多くありませんが、判断能力の低下が進む前に動くことが重要な局面でした。
明らかになった問題 医療費負担の増加
母親には、築年数が経ってはいるものの、満室稼働してする4世帯のアパートがあり、毎月25万円の家賃収入があります。
そのため、高齢者の医療費負担は、所得によって「1割 → 3割」に変わります。
家賃収入があることで医療費が大きく増える ⇒ 介護や通院が必要になった際、負担が重くなるという構造です。
「不動産を持っているから安心」と思っていたものが、逆に生活費を圧迫する要因になる可能性があるのです。
母親はまだ元気で特に大きな病気もなく、医療費はかかってはいませんが、年齢が高くなると父親のように入院したり、施設に入居したりすることもあると考えると、医療費の1割負担が3割負担になることも想定されて、それも懸念事項となっています。
解決策が「建物の生前贈与」
保険料が3割負担になることを避けるため、こちらから提案したことはアパートの建物だけを母親から正憲さんに贈与することです。
母親所有の建物を正憲さんへ贈与することで、
• 母親の所得(家賃収入)を下げる
• 医療費負担を1割のまま維持できる可能性が高い
• 不動産の管理と将来の建替え・売却を子が主導できるようになる
というメリットが得られます。
贈与先としては正憲さんの「妻」も候補に挙がりましたが、
• 将来の建替え・運用を踏まえると、管理責任者が本人であるほうが良い
• 賃貸経営は意思決定が必要なため、本人名義のほうがスムーズ
という理由から、アパートの建物は正憲さんに贈与という方針に決まりました。
土地はただで借りる使用貸借
土地は母親名義のままとして、地代を払う方法もありますが、地代を払うと母親の収入になります。そこで、ただで借りるということも認められていますので、無償で借りることを提案しました。
そうすることで家賃は建物を所有する正憲さんが受けとるとなり、母親の収入は減らせるのです。
贈与税はどうなる? 評価額の算定
贈与税は、もらった財産の評価額に対して課税されます。今回の不動産は築年数が古く、建物の評価額は約100万円前後と想定。
贈与税には年間110万円の基礎控除がありますので、贈与税はかからない見込みとなりました。
土地評価については、固定資産税評価証明書により確認すると、こちらも大きな課税の懸念はありませんでした。
相続全体の調整 “公平性”のある分け方
|
財産 |
対応 |
理由 |
|---|---|---|
|
賃貸不動産 |
正憲さんに贈与 |
管理・将来の建替えを担うため |
|
預金(母) |
姉が相続 |
妹側の取り分を確保しバランスを取るため |
|
父の財産 |
亡くなった際に遺産分割協議 |
判断能力低下により事前対策が難しい |
さらに将来へ備えるため、家族の合意書(意思確認書)を作成し、考え方を記録しておくことも決定しました。
ここで重要になる「手続きの専門性」
生前贈与は、思っている以上に手続きが複雑です。
必要な作業の一部を挙げても、
• 登記申請書の作成
• 登記識別情報・印鑑証明書等の確認
• 不動産評価額の算定
• 受贈者の住民票など書類の整備
• 税務署への申告が必要となるケースも
また、遺言書も「自筆」で作ることはできますが、内容の不備により無効になったり、家族がもめたりする原因になることが少なくありません。
“いま”動いた人が、将来の不安をなくしていく
今回のご家族は、家族関係が良かったことに加え、
• 生前贈与で医療費負担を抑えられた
• 相続発生時の手続きをシンプルにできた
という3つの成功ポイントがありました。
相続は「いつか」ではなく、“いつまでに”動けるかが勝負です。「まだ大丈夫」は「もうできない」につながることがあります。
ご両親が元気である今こそ家族で話し合うタイミングです。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
