(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢の親の財産管理や相続の準備は、「まだ大丈夫」と先延ばしにされがちです。しかし、判断能力が低下してからでは、できる手続きが一気に限られてしまいます。今回ご紹介するのは、家族関係が良好なご家庭が、“今できる最善の選択”をするために動き出した事例。医療費負担の問題や不動産の活用、生前贈与など、将来の不安を軽くするための具体的な工夫をご紹介します。相続実務士・曽根惠子氏(株式会社夢相続 代表取締役)が解説します。

家族で話し合って両親をサポート

相続の問題は、「争いが起きる家庭」だけのものではありません。むしろ、家族仲が良くても、準備をしないまま時間が過ぎることで、手続きができなくなってしまうケースが増えています。

 

今回ご紹介するのは、ご両親の財産管理を息子さんが中心となって進めたケースです。家族関係は良好で、相続トラブルの可能性はほとんどありません。しかし、ご両親の年齢と健康状態を踏まえると、「今だからできること」がいくつかありました。

ご家族の状況(相談時点)

相談者は長男の正憲さん(50代)。ご両親は高齢となり次のような状況でした。

 

• 父親80代:入院中で判断能力が低下。法的手続きへの関与が難しい状態。
• 母親80代:日常生活に支障はないが、軽度の物忘れが見られる。判断能力は現時点で十分。
• 姉60代:地方在住。遠方ではあるが協力的。家族関係はとても良好。

 

主な財産は、

• 母親名義の賃貸不動産(家賃収入あり)
• 母親名義の預金
• 父親名義の預金と少額の資産

 

このように財産の種類は多くありませんが、判断能力の低下が進む前に動くことが重要な局面でした。

明らかになった問題 医療費負担の増加

母親には、築年数が経ってはいるものの、満室稼働してする4世帯のアパートがあり、毎月25万円の家賃収入があります。

 

そのため、高齢者の医療費負担は、所得によって「1割 → 3割」に変わります。

 

家賃収入があることで医療費が大きく増える ⇒ 介護や通院が必要になった際、負担が重くなるという構造です。

 

「不動産を持っているから安心」と思っていたものが、逆に生活費を圧迫する要因になる可能性があるのです。

 

母親はまだ元気で特に大きな病気もなく、医療費はかかってはいませんが、年齢が高くなると父親のように入院したり、施設に入居したりすることもあると考えると、医療費の1割負担が3割負担になることも想定されて、それも懸念事項となっています。

解決策が「建物の生前贈与」

保険料が3割負担になることを避けるため、こちらから提案したことはアパートの建物だけを母親から正憲さんに贈与することです。

 

母親所有の建物を正憲さんへ贈与することで、

• 母親の所得(家賃収入)を下げる
• 医療費負担を1割のまま維持できる可能性が高い
• 不動産の管理と将来の建替え・売却を子が主導できるようになる

というメリットが得られます。

 

贈与先としては正憲さんの「妻」も候補に挙がりましたが、

 

• 将来の建替え・運用を踏まえると、管理責任者が本人であるほうが良い
• 賃貸経営は意思決定が必要なため、本人名義のほうがスムーズ

 

という理由から、アパートの建物は正憲さんに贈与という方針に決まりました。

土地はただで借りる使用貸借

土地は母親名義のままとして、地代を払う方法もありますが、地代を払うと母親の収入になります。そこで、ただで借りるということも認められていますので、無償で借りることを提案しました。

 

そうすることで家賃は建物を所有する正憲さんが受けとるとなり、母親の収入は減らせるのです。

贈与税はどうなる? 評価額の算定

贈与税は、もらった財産の評価額に対して課税されます。今回の不動産は築年数が古く、建物の評価額は約100万円前後と想定。

 

贈与税には年間110万円の基礎控除がありますので、贈与税はかからない見込みとなりました。

 

土地評価については、固定資産税評価証明書により確認すると、こちらも大きな課税の懸念はありませんでした。

相続全体の調整 “公平性”のある分け方

財産

対応

理由

賃貸不動産 

正憲さんに贈与

管理・将来の建替えを担うため

預金(母)

姉が相続

妹側の取り分を確保しバランスを取るため 

父の財産

亡くなった際に遺産分割協議 

判断能力低下により事前対策が難しい

さらに将来へ備えるため、家族の合意書(意思確認書)を作成し、考え方を記録しておくことも決定しました。

ここで重要になる「手続きの専門性」

生前贈与は、思っている以上に手続きが複雑です。


必要な作業の一部を挙げても、

• 贈与契約書の作成
• 登記申請書の作成
• 登記識別情報・印鑑証明書等の確認
• 不動産評価額の算定
• 受贈者の住民票など書類の整備
• 税務署への申告が必要となるケースも

また、遺言書も「自筆」で作ることはできますが、内容の不備により無効になったり、家族がもめたりする原因になることが少なくありません。

“いま”動いた人が、将来の不安をなくしていく

今回のご家族は、家族関係が良かったことに加え、

 

• 判断能力が残っている間に動けた
• 生前贈与で医療費負担を抑えられた
• 相続発生時の手続きをシンプルにできた

という3つの成功ポイントがありました。

 

相続は「いつか」ではなく、“いつまでに”動けるかが勝負です。「まだ大丈夫」は「もうできない」につながることがあります。

 

ご両親が元気である今こそ家族で話し合うタイミングです。

 

曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®

株式会社夢相続 代表取締役

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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