「この土地を生かすべきか、それとも売るべきか」
東京都内の一等地にビルを所有する青木さん(50代男性)がご夫婦で相談に来られました。築30年を超えるビルは、青木さんが親から相続したもので、現在は、家族が運営する法人に譲渡しています。
60歳まであと2年ですが、地価は上昇し、建物もまだ健在。その先の「相続」や「遺産分割」を見据えると、簡単ではない気がして、相談しておきたいと言います。
法人化のきっかけは「節税」と「資産運用」
青木さんが所有する土地の上には、家族で設立した法人が保有するテナントビルがあります。法人化のきっかけは、取引する信金のセミナーに参加して、講師の税理士がすすめていたからだといいます。雑誌でも「不動産オーナーは法人化で節税できる!」という記事を読んでもいました。
そんなときのセミナーでしたので、信金の勧めもあり、専門の税理士に依頼して法人を設立しました。
当初の狙いは、賃料収入を法人に入れて所得税を抑え、家族に給与を支払うことで資金を分散させること。法人を設立したあと、建物を個人から法人に譲渡しましたので、青木さん個人は土地を法人に貸す形になっています。当時はそれが最も「得策」だと税理士からも、信金からも説明を受けたのでした。
ところが――10数年たった今、相続対策という観点から見ると、その構図が青木さんの足を引っ張る結果になっているのです。
土地と建物を分けたことで「節税効果ゼロ」に
相続実務士が青木さんの資料をもとに分析したところ、現在の資産構成はこうです。
・土地(個人名義):3億2,322万円
・建物(法人名義):約4,000万円
・現金・株式など:約1億円
・合計資産:約4億円超
・想定相続税額:約1億円超
問題は、「土地」と「建物」が別の名義になっていること。本来、土地と建物を同じ個人が所有していれば「貸家建付地の評価減」や「小規模宅地の特例」など、相続税を大幅に減らす効果が期待できます。
しかし、青木さんのケースでは建物が法人名義のため、これらの特例が一切使えないのです。
その結果、土地の評価は「更地評価(100%)」となり、節税効果はゼロ。
しかも法人との契約内容を見ると、「無償返還の特約」が入っており、法人には借地権も発生していません。
つまり、税務上は「他人が建てた建物があるだけの土地」とみなされ、評価を下げる余地がなくなってしまっていたのです。
地代が安すぎる!? 税務リスクも潜む
さらに専門家の検証で浮かび上がったもう一つの課題が、「地代の設定」でした。
契約書上の年間地代は140万円。
ところが、不動産取引の一般基準から見ると、固定資産税額の5倍が目安とされており、青木さんの土地の場合は年間約337万円が妥当な金額でした。
つまり、現在の地代は一般水準の約4割しかなく、「法人に安く貸しすぎている」と判断されるリスクがあります。
この状態が続くと、税務署から「利益供与」とみなされ、追徴課税を受ける可能性もあるのです。
青木さんは「私がバカでした」とうなだれていました。
建物の老朽化と将来の不安
青木さんの所有地に建つビルは築30年。まだ使えますが、今後10年~20年で大規模修繕や建て替えが必要になる可能性があります。
青木さんご自身の年齢を考えると、建て替え事業を自ら行うのは現実的ではありません。
また、相続人である2人のお子さんはまだ20代。会社勤めで賃貸業には関わっておらず、事業承継にも課題があります。
つまり、「このまま持ち続けるリスク」と「売却して現金化する選択」の両方を冷静に見極めなければならない局面に来ているのです。
