ご相談者の背景
相続の相談には、単に財産の多寡だけでなく、家族関係の複雑さがつきものです。
今回ご紹介するのは、「姉と関係が悪く、母親の相続では争いたくない」と悩む次女のケース。資産は多いけれど、感情のもつれが深い――そんなご家庭こそ、早期の実務的な整理が鍵になります。
ご相談に来られたのは、東京都内にお住まいの真奈さん(50代・女性)です。母親は80代で、近年体調が優れず、財産の管理はすべて真奈さんが担っていました。
母親の財産は、
• マンション3室
• 現預金約3億5,000万円
• 自分が代表者の同族会社5社の会社株式
というかなりの規模。
しかし問題は姉夫婦との確執だといいます。
姉夫婦は母親の会社に在籍しており、母親が高齢になってあまり会社の実務に携わらなくなった数年前、姉の夫が代表取締役に就任しています。
代表取締役は母親と姉の夫の2人となりました。それをいいことに姉夫婦は母親以上に役員報酬を受け取っています。会社の実務は父親の代からのベテラン社員がいて、安定した取引先があるので運営していける状況です。
しかも、姉夫婦は以前に、母親が自宅で保有していた現金、約3,000万円を無理やり持ちだしており、母親から贈与してもらったと言い張っています。
母親は「これ以上、あの子たちに渡すお金はない」と明言しており、「全財産を次女に任せたい」という意思をはっきり持っていらっしゃいました。
お母様の財産と会社の状況
相続を考えるうえで見逃せないのが、家族が関わる会社の存在です。会社は父親が創業して両親で運営してきましたので、自社ビルがあります。工場の土地、建物も自社所有です。
安定しているはずですが、しかし月500万円もの赤字が続き、実質的に継続が難しい状態でした。それにもかかわらず、役員報酬は夫婦で月100万円ずつ。
事業よりも“役員報酬を得るための会社”になっている印象です。
一方、次女が代表を務める別会社(不動産事業を想定)は休眠中。将来的に、お母様の不動産をこの法人に集約し、管理や相続対策の受け皿にする構想を持っています。ただし、親族名義の株が一部あり、名義貸しの可能性もあるため整理が必要です。
遺言書作成が急務
母親の年齢と健康状態を踏まえると、まず最優先すべきは遺言書の作成です。しかも、家庭裁判所で争いにならないよう、公正証書遺言にすることが絶対条件。
内容はシンプルに、「全財産を次女に相続させる」という形が母親の意思だといいます。
この遺言があるかないかで、将来のトラブルは180度違います。
もし遺言がないまま母親が亡くなってしまうと、当然、姉は法定相続人として権利を主張できます。しかも5,000万円の“持ち出し”があっても、法的には「贈与の証拠」がなければ主張が難しく、結果的に「姉がさらに取り分を主張する」という二重の不公平が生まれてしまうのです。
公証役場で遺言を作成するには、
• 印鑑証明書、戸籍謄本
• 財産目録(不動産・預金・株式の一覧)
• 証人2名が必要。
母親の意思が明確なうちに、早急に公正証書遺言を作成したほうがいいとアドバイスしました。
相続税と財産の整理
財産が約3億5,000万円あれば、相続税の発生は確実です。
(基礎控除は3,000万円+600万円×法定相続人=4,200万円程度)
したがって、次のステップは財産評価と相続税の試算となります。特に不動産の評価は、固定資産税評価額や路線価などにより評価減の余地があります。
また、
• 現金で賃貸不動産を購入する
• 一部を生前贈与で分散する
• 民事信託を活用して管理を明確化する
などの対策を講じれば、相続税を抑えつつ納税資金の準備も可能です。
「節税」と「トラブル防止」は両立します。
むしろ、このような“感情の火種”があるご家庭ほど、数字で明確に整理することが重要です。
会社の株式整理と「分離」
相続財産の中に「会社の株式」が含まれている場合、対応を誤ると新たな争いの火種になります。
今回は、姉夫婦の会社と母親が関係しており、さらに赤字続き。
このような会社を次女が相続してしまうと、債務リスクを背負うことになりかねません。
したがって、姉の会社に関わる株式は、姉またはその子に贈与・相続させる方向で分離。
一方で、次女側の休眠会社を“再生”させ、不動産管理会社として整えるプランを立てます。
株主が親族名義になっている場合は、「名義貸し」かどうかを確認。
実際に出資していなければ、書面(株式譲渡契約書)を作成して返還を受けるのが実務的です。
