「母の葬儀以来、兄弟とは一切連絡を取っていません」
「母の葬儀で兄と姉に久しぶりに会いましたが、それっきりです。もう何年も連絡を取っていません」
そう話すのは、東北地方のある町で暮らす54歳の森田直人さん(仮名)。かつては父母・兄・姉・本人の5人家族でしたが、いま実家に残っているのは森田さんひとり。築50年以上の木造住宅は、廊下の床が沈み、台所の蛇口からは錆の混じった水が出ることもあるといいます。
「直したい気持ちはあるけど、お金がないんです。母の年金が途絶えてからは、ますます生活が苦しくなりました」
現在の収入は、月に十数万円のアルバイト代のみ。かつては母の年金に頼る部分もありましたが、亡くなって以降は完全に自立するしかなくなりました。家具も家電も古く、近所の人との交流もほとんどない。「母がいなくなってからは、誰かと話す機会も減りました」と森田さんは語ります。
森田さんが大学を卒業したのは1993年。ちょうどバブル崩壊後の就職氷河期の始まりでした。応募しても書類すら通らず、ようやく見つけたのは地元の中小企業の契約社員。更新制の雇用形態に不安を抱えながらも働き続けましたが、30代で母の介護が必要となり、退職。以降は介護と短期のアルバイトを行き来する生活が続きました。
「氷河期世代って、若い頃に就職でつまずいた分、後から取り戻すのが本当に難しいんですよ。正社員経験もないし、転職も不利で」
総務省の『令和5年 住宅・土地統計調査』によると、全国の空き家数は約900万戸(住宅全体の13.8%)に上ります。特に地方では、高齢の単身者が暮らしていても、建物の老朽化や管理不全により、周囲から“空き家と見なされる”ケースも少なくありません。
森田さんの家も、市の空き家対策課から調査票が届いたことがあるといいます。
「住んでいると答えましたけど、庭は草だらけだし、瓦も一部落ちていましたから、空き家に見えたんでしょうね」
こうした“空き家のような家”は、防災や景観、防犯の観点からも問題視されやすく、行政の「特定空き家」指定を受けると、最悪の場合は修繕や解体を命じられる可能性もあります。
