“司法書士の夫”というプレッシャー
「法的に問題ない」と言われると、多くの方は不安になります。
しかし実際には、共有名義の不動産は全員の同意がなければ売却できません。
敦子さんは混乱しながらも、冷静に確認しました。
「私が反対している限り、勝手に売ることはできないんですよね?」
その問いに、私たちははっきり答えました。
「 はい。共有不動産の売却には、共有者全員の合意が必要です」
司法書士が代理で登記をしても、本人の意思確認なしでは法的に無効。たとえ“身内の司法書士”でも、所有者の承諾なく手続きを進めることはできません。
駐車場収入の不透明な扱い
実家の借地は140坪もあり、一部は駐車場として貸しており、毎月、駐車料金が入っています。ところが、それを後妻の文子さんは独り占めしていて、敦子さんと妹には1円も分配されていません。
「後妻の文子さんが高齢になって施設に入ってからは、どうも文子さんのきょうだいが管理しているみたいなんですが、収入の話は一切ないんです。自分の持分があるのに、どういうことなのか……」
駐車場収入は、本来共有者の持分割合で按分するのが原則。もし一方が独占しているなら、不当利得として返還請求が可能です。
登記簿を確認して見えた事実
現地を調査し、登記簿謄本を取得してみると、確かに建物の登記は3人共有となっていますので、借地権も3人の権利となります。驚くべきことに、借地の地主は国。
もともと個人の地主だった土地が、相続税の納税時に物納したようで、国有地となっていたのです。国との借地契約は原則として更新・譲渡に厳しい制限があり、自由に売買することは極めて困難。
「売ると言っても、そう簡単な話じゃないんです」私たちはそう説明しました。
3人共有の“行き詰まり構造”
このケースで大きな課題は、「3人の持分が均等」という点です。
|
所有者 |
持分 |
現状 |
|---|---|---|
|
敦子さん |
3分の1 |
売却反対。維持を希望 |
|
妹さん |
3分の1 |
売却賛成 |
|
後妻・文子さん |
3分の1 |
施設入所中、実質代理人=美紀さん |
一人でも反対すれば、売却も建替えもできません。また、3人の共有状態では、固定資産税・修繕費・収入分配など、何を決めるにも全員の同意が必要。
「父の家を守りたい」という思いと、「現金化したい」という思いがぶつかり合い、まさに“感情と権利が絡み合った典型的な相続トラブル”となっています。
「父の思い出を守る」ことと「現実の負担」
敦子さんが特に心を痛めているのは、父との思い出です。「庭の木も、父が植えたんです。夏には蝉の声が響いて……。売ってしまったら、父とのつながりが消えてしまう気がして」
しかし現実的には、築50年の建物は老朽化し、維持費もかかります。さらに、施設費用や相続手続きの負担も無視できません。
「思い出を守る」ことと「現実を生きる」こと。そのはざまで苦しむ姿は、多くの相続現場で見られる共通の葛藤です。
今後の対応方針として提案したこと
私は専門家として、次のようなステップを提案しました。
① 登記簿の正式確認
→ 名義・持分を正確に把握。今後のトラブル防止の第一歩。
②駐車場収入の清算要求
→ 持分に応じた収入分配を正式に請求する。
③土地測量図の入手
→ 物理的に3分割できるか測量士に確認し、管理を独立化。
④底地の買取・借地権購入できる不動産会社の選定
→ 国より底地を払下げしてもらい、購入し、借地権も買い取ることができる不動産会社を選定し、後妻と妹は売却、敦子さんは実家を残すようにすることを提案。
共有物分割協議が必要
借地権付きの土地だけでも難題ですが、さらに借地権が共有となるとさらに難題となります。
なにごとも地主(今回は国)の承諾が必要ですが、そのままでは借地権の共有の解消はしにくいため、まずは国から底地を払下げしてもらい、そのうえでそれぞれの借地権の買取が必要になります。
相続実務士の視点から見える「本当の課題」
この相談を通して見えてきたのは、単なる「不動産トラブル」ではなく、“相続準備の欠如”が根底にあるということ。
・再婚相手と養子縁組をしていなかった
・建物・土地の持分を3分の1ずつにしてしまった
・駐車場収入や管理方法を明確にしていなかった
これらの「小さな曖昧さ」が、10年後に大きな争いへと発展しています。
相続で「感情」と「法務」を両立するには
敦子さんのように「父の思い出を守りたい」と願う方は少なくありません。しかし、感情だけでは財産は守れません。必要なのは、“思い出を守るための法的準備”です。
そのためには、
・共有を避け、持分を整理する
・養子縁組・遺言・信託で意思を形にする
・専門家に早めに相談する
この3つが欠かせません。
終わりに
「父が残した家を、どうにかこのまま残したいんです」
敦子さんは、最後までそう語っていました。土地を守ることは、単に“所有する”ことではありません。そこに込められた家族の思いや、過去の努力を未来へつなぐこと。しかしその思いを実現するには、法的にも実務的にも正しい準備が必要です。
「思い出を守りたい」――その気持ちを“現実の相続対策”へと変えることが、私たち相続実務士の使命なのです。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
