退職代行サービスはどこまで「代行できる」のか?
まず最初に「退職代行サービス」はどんな仕組みなのかを整理してみましょう。
業者のもとに利用者から「勤務先に『辞めます』と言いづらいので、代わりに伝えてほしい」という依頼があると、業者が本人に代わって会社へ退職の意思を伝える、というサポートを行います。最近は若年世代を中心にこうしたサービスを使う人も増加傾向で、「退職代行」という言葉はもはや珍しくなくなってきました。
ただ、ここで重要なのは「どこまで代行できるのか」という点です。
たとえば、未払い残業代の請求、退職条件の交渉、損害賠償の話し合いといった「法律的な交渉」は、本来は弁護士でなければ扱えません。弁護士には「弁護士法」という法律があり、そこに「法律事務は弁護士の業務です」と明確に定められているからです。
退職代行サービスの会社は、法律上はあくまで「退職の意思を伝える」という“連絡係”にとどまるべきだ、というのが基本的な考え方になります。
問題は「お金をもらって紹介していたのでは?」という点
報道によりますと、モームリは、退職代行の過程で法律的な対応が必要になるケース(たとえば残業代請求など)について、提携している弁護士を利用者に紹介していたとされています。そして、その紹介に対して弁護士側から紹介料を受け取っていた疑いがあるということで、そこに警視庁が踏み込んだ、という流れです。
つまり今回の論点は、単に弁護士を紹介したかどうかではなく、「お金をもらって紹介していたのではないか」という点が大きいのです。
では、なぜそれが問題になるのでしょうか?
それは、資格のない人や会社が「報酬を目的として」弁護士業務に関わる形になると、弁護士法が禁止している“非弁提携”(非弁行為に関与する提携)とみなされる可能性があるからです。わかりやすくいえば、「資格がないのに、弁護士業務を事実上ビジネスにしているのでは?」という疑いになります。
資格がない人が「間に入って儲ける」ビジネスが成立すると…
ここで少し、士業の世界の基本に触れておきたいと思います。
弁護士、司法書士、税理士、医師など、いわゆる「士業」や専門職には、それぞれ国が定めた“独占業務”があります。これは「この仕事はこの資格を持っている人しかやってはいけません」という線引きのことです。
この独占業務が与えられている理由は、特権を与えるためではありません。むしろ逆で、国民を守るためです。大きくいうと次の3つの意味があります。
①国民の安全や利益を守るため
たとえば、医師が間違えば命に関わりますし、弁護士や司法書士が間違えば、莫大なお金や大切な不動産、家族の権利に直接的な損害が生じることがあります。だからこそ、国は「一定の知識と倫理を確認した人だけに許す」という形をとっています。
②専門家としての責任を明確にするため
「この仕事をしているのは、国家が認めた専門家ですよ」という信用の裏付けが必要だからです。その代わり、資格者には守秘義務や倫理義務、懲戒(処分)制度など、重い責任が課されています。つまり、「信用と責任はセット」です。
③サービスの質を一定水準に保つため
誰でも自由に参入できるとなると、どうしても質の低いサービスや、極端な営業が横行するおそれがあります。そこで、資格のない人は入ってこられない領域をあえてつくり、質を維持しようとしているのです。
こうした背景があるので、本来は資格を持っていない人や企業が、資格者(弁護士など)に仕事を流して、その見返りにお金を受け取るという構図はとても問題視されます。なぜなら、資格のない側が「紹介料ビジネス」という形で、実質的に資格者の業務領域を利用して利益を得ることができてしまうからです。
極端にいえば「資格を持っていなくても、案件だけ集めて、あとは資格者に丸投げすればお金になる」というモデルが成立してしまいます。これは、資格制度そのものの意味を揺るがすことになります。
この問題、弁護士だけの話ではない
では、司法書士の業界はどうかというと、残念ながら無関係とはいえません。
司法書士の世界でも、「紹介料」というものは昔から大きな課題のひとつです。たとえば不動産の売買などの仕事は、不動産会社などを経由して司法書士に依頼が来ることがよくあります。そのときに、司法書士が紹介料を払うことは、司法書士の業界ルールで禁止されています。実際にそれを行うと懲戒(処分)の対象になります。ここまでは弁護士と似ています。
しかし、問題はその先です。司法書士の場合、「紹介料を払った司法書士」は処分の対象になりますが、「紹介料を受け取った紹介元の会社」のほうは、基本的に罰せられません。つまり、紹介する側にはリスクがほとんどないのです。
この構造があるため、「紹介料そのものはダメとされているはずなのに、実質的には形を変えてお金が動いている」という状況が生まれてしまいます。名目を“広告費”や“協賛金”などにして、見た目だけは紹介料に見えないようにするケースもあると指摘されています。
もちろん、まじめに業務をしている司法書士も大勢いますし、「そういうお金は一切支払わない」「依頼者の利益だけを考える」という姿勢で取り組んでいる事務所もたくさんあります。ただ一方で、「バレなければいい」「みんなやっている」といった感覚でグレーなやり取りをしてしまう司法書士がいるのも、悲しいことですが事実です。
紹介料ビジネス、一番困るのは「依頼者」
紹介料ビジネスが常態化すると、専門職の独立性が失われていきます。つまり、「依頼者の利益を守ること」よりも「紹介してくれる会社との関係を維持すること」のほうが優先されるようになってしまうおそれがあります。
本来、司法書士も弁護士も依頼者の味方であるべき存在です。どこの不動産会社から来た依頼なのか、誰の紹介なのか、といったことではなく、そのお客様自身がどうすれば一番安全で有利なのかを考え、助言しなければなりません。
ところが、紹介料が介在すると、専門家側の判断がねじれてしまう危険が生まれます。これは依頼者にとって大きな不利益ですし、業界全体の信用をジワジワと傷つける行為です。
ルールの整備、今後はますます必要に
弁護士の場合は「非弁提携」として、紹介料の授受を含めた関係づくりそのものが厳しく問題視され、刑事的な視点からも取り締まりの対象になります。これは、資格のない人や会社が法律事務に入り込むことを防ぐための、かなり強い歯止めです。
一方、司法書士では、司法書士側が紹介料を払えば懲戒対象になりますが、受け取る側には直接の罰則がないという歪みが残っています。この差は、今後ぜひ改善されていくべきだと筆者は考えています。司法書士会や政治連盟など、制度に働きかける組織もありますので、業界としてもこうした問題を放置せず、より透明な形にしていく必要があると思います。
佐伯 知哉
司法書士法人さえき事務所 所長
