認知症の父名義の実家、子ども名義にすれば売却容易と聞き…ネットを見ながらポチポチ登記申請→いきなり直面した「多額の贈与税」と「刑事罰リスク」の大問題【司法書士が警告】

認知症の父名義の実家、子ども名義にすれば売却容易と聞き…ネットを見ながらポチポチ登記申請→いきなり直面した「多額の贈与税」と「刑事罰リスク」の大問題【司法書士が警告】
(※写真はイメージです/PIXTA)

認知症となって高齢親の介護費用問題。施設の入所費用や医療費、それに空き家となった実家の固定資産税まで…。ズッシリとのしかかる費用負担に耐えかね「この家さえ売却できれば…!」との思いを募らせるお子さんも多いでしょう。しかし、「認知症の親名義の実家売却」を、生半可な知識で安易に試みると、取り返しのつかない問題が起きるリスクがあります。司法書士・佐伯知哉氏が解説します。

高齢父の空き家になった自宅、増える介護費用…頭を抱える長女

相続・認知症に関する相談の中で近年非常に増えているのが「親が施設に入ったので、自宅を売りたい」「しかし、名義が親のままであるため、どう進めたらいいかわからない」というものです。今回ご紹介する事例を含め、このような問題は実際に多くの一般家庭で起きています。

 

空き家状態の自宅は、防犯・防災上の懸念があるだけではなく、固定資産税がかかるなど、費用面の問題もあります。老親の施設費用のみならず、空き家となった実家の固定資産税まで、子どもたちが持ち出しで支払っているというケースも多いのです。

 

費用捻出の焦りと不安が積み重なる中で、ある不動産会社からこう言われたとします。

 

「空き家となったご実家、お子さんの名義にすれば売れますよ。簡単ですよ」

 

この「何気ないひと言」から、とんでもない悲劇が起きることがあります。

事例:認知症の父の家を「娘名義にすれば売れる」と言われ…

【登場人物と財産の概要】

 

山田高広さん(仮名):認知症で施設入居中。判断能力なし

山田明子さん(仮名):高広さんの長女。父の面倒を見ているほか、施設費用等も一部負担

 

資産状況:父親名義の自宅不動産があるが、空き家状態で固定資産税がかかる

 

高齢となり、認知症を患って施設に入所している山田高広さんの長女、明子さんは、父の介護費用の捻出に困り、空き家になっている自宅不動産をどうにかできないか、ある不動産会社に相談しました。

 

すると担当者はあっさり言いました。「お父様名義のままだと売れません。でも、娘さんの名義にすればスムーズに売れますよ」。

 

法律の専門家ではない一般の方がこのように言われてしまえば、

 

「名義変更=名前の書き換え」

「書類を用意すればできるもの」

 

と思ってしまっても不思議ではありません。

実印を用意し、ネットを見ながら登記申請を…

父のために良かれと思い、明子さんは次の行動を取ります。

 

①父の実印を持ち出す

②父の印鑑証明書を取得する

③インターネットで「名義変更」の方法を調べる

④登記申請書を自分で作成

⑤法務局へ提出し、登記はそのまま完了

 

父の判断能力が低下していること、その状態で名義変更がどういう意味を持つのか考える余裕はありません。そして無事(?)、娘名義に変更されたことで、「これで家を売って父の施設費用にあてられる!」と胸をなでおろしました。

 

しかし、このあと事態は急転します。

数ヵ月後、税務署から「贈与税の申告漏れ」の連絡が…

突然、明子さんのもとへ税務署から通知が届きました。

 

「贈与税の申告がされていません。調査が必要です」

 

明子さんは困惑・動揺します。

 

「えっ、名義変更しただけなのに…。父のためにやったのに、なぜ贈与税?」

 

しかし、税務署は容赦なく事実を指摘します。

 

父の持ち物を娘に移した = 贈与

贈与税が課税される(数百万円)

 

明子さんは自宅名義を変更した理由を説明しますが、税務署の結論は変わりません。贈与税の対象です。

名義が変わるには、売買や贈与等の「法律上の原因」が必要だが…

一般の方が勘違いしがちなポイントがあります。

 

単なる「名義変更」という手続きは存在しません。名義が変わるには必ず「法律上の原因」が必要なのです。原因とは、たとえば以下のようなものです。

 

●売買

●贈与

●相続

●交換

●遺産分割

 

今回のケースでは、父→娘への移転理由が「贈与」として扱われました。しかし、明子さんはこの点を理解していませんでした。「名義変更=使いやすい〈名称変更〉」程度と捉えていたのです。

判断能力がないのに?…「贈与契約成立」という大問題

この事例のもっと深刻な部分はここからです。

 

父は認知症で判断能力がありません。それにもかかわらず、

 

・父が贈与をした(ように見える)

・父が登記申請に関与した(ように見える)

 

という状態になっています。これは法律上、非常に重い問題であり、このような行為は、状況によっては刑法に抵触します。

 

●私文書偽造

(行使の目的で、公文書以外の文書(私文書)を権限なく他人の名義で作成すること)


●公正証書原本不実記載罪

(公務員に虚偽の申告をして、登記簿などに事実と異なる内容を記載させる犯罪)

 

父は判断能力がないため、贈与契約の意思を形成できません。それなのに「父が贈与した」という形式で登記を行えば、“虚偽の登記原因”と見なされる可能性があります。

 

これは一般の人が最も誤解する部分で、「親のお金だから」「家族なんだから」という感情論は法律では通用しません。

この事例での「正しい手続き」は、「成年後見制度」一択

認知症で判断能力がない人の財産を動かす方法は、法律上ほぼ一択です。

 

成年後見制度の利用

(家庭裁判所が後見人を選任し、代わりに契約や売却などを行う)

 

ただし「売却理由は“本人のため”であること」「売却後の使途も“本人の利益”に限定される」といった厳しいルールがあり、「子どもの都合で自由に売れる制度ではない」という点に注意が必要です。

本来なら防げた悲劇…任意後見・家族信託という「事前対策」が鍵

今回のようなトラブルは、「親が元気なうち」であれば防げます。

 

任意後見制度:本人が元気なうちに、将来自分の代わりに財産管理をしてくれる人を指定できる制度。

 

家族信託:自宅・預金などの管理処分権を、元気なうちに家族へ託すことができる柔軟な仕組み。

 

これらを活用しておけば、認知症になったあとも法律に則った形で「自宅の売却」「施設費用の支払い」「財産管理」がスムーズにできます。

 

「名義変更でなんとかなる」という考え方が、いかに危険で、家族を苦しめるかがよく分かります。

知識を伴わない、自力の「名義変更」が家族を破滅させる原因に

今回の事例から分かる教訓は明確です。

 

●名義変更=単なる書き換えではない

●法律上の原因を理解せずに手続きをすると、贈与税が発生する場合がある

●認知症の親の名義変更は犯罪リスクもある

●正しく売却するには“成年後見”が必要

●事前対策は「任意後見」「家族信託」しかない

 

親の介護・施設費用・空き家問題…。焦ってしまう気持ちは誰にでもあります。しかし「よかれと思った行動が、家族に莫大な税負担や刑事リスクを背負わせる」ことは決して珍しくありません。

 

認知症・相続・不動産に関しては、必ず専門家に相談すること。これが、家族を守る最も確実な方法です。

 

 

佐伯 知哉

司法書士法人さえき事務所 所長

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