地面師グループの関係者とともに、現役の司法書士が逮捕
「これが事実であれば、相当な衝撃だ」
大阪で発覚した地面師事件の速報に触れ、筆者は強い危機感を覚えました。報道によれば、不動産の所有者になりすまして所有権を移転させた疑いで、地面師グループとみられる関係者とともに、現役の司法書士が逮捕されたとされています。
現時点では捜査段階であり、詳細は今後明らかになる部分も多いでしょう。ただし、この事件が通常の地面師詐欺と決定的に異なるのは、「制度の内側」にいるはずの司法書士が関与していた疑いがある点です。
これは単なる詐欺事件ではありません。司法書士と不動産登記制度の前提そのものを揺るがしかねない、極めて重大な事案です。
報道されている事件の概要
報道によると、今回の事件では、不動産の真の所有者になりすました人物らが関与し、本来の所有者とは無関係の会社名義へ所有権を移転させた疑いが持たれています。
特に注目されているのが、本人確認に司法書士が関与していたとされている点です。登記手続きにおいて、司法書士は「本人確認情報」を作成できる立場にあります。
本人確認情報とは、もし権利証が紛失等した場合であっても、司法書士等の登記手続きの代理権のある国家資格者が、自己の責任をもって作成できる特別な書類です。この書類が提出されると、権利証がない場合でも、法務局は「登記名義人本人であることが確認された」と判断し、登記を受理します。
もし報道どおり、実質的な本人確認がなされないまま本人確認情報が作成されていたとすれば、それは制度の想定を完全に裏切る行為です。
通常の地面師詐欺は「極めて手間がかかる」
一般的な地面師事件では、犯行のハードルは決して低くありません。通常は、
●登記名義人本人になりすます人物を用意し
●偽造、または不正取得した身分証を準備し
●権利証(登記識別情報)を用意(偽造)し
●立会い司法書士や買主の質問をすべてクリアする
という、非常に手間のかかる工程を踏む必要があります。
つまり、本人確認が最大の防波堤として機能してきました。この面倒さがあるからこそ、登記制度は一定の信頼性を保ってきたのです。
今回の事件が「別次元」で危険な理由
しかし、今回の事件が事実なら、構図は根本から異なります。地面師側とグルの司法書士が本人確認情報を作成する立場にあれば、
●名義人本人と直接会っていない
●実質的な確認が不十分
という状態であっても、形式上は「本人確認済み」として登記が通ってしまう可能性が生じます。
一度、地面師側の会社名義に所有権が移転してしまえば、その後は通常の売買と何ら変わりません。第三者に転売されれば、外形上は「正規の取引」にしか見えないのです。
もしこの手口が成立してしまうのであれば、司法書士が地面師に加担することで、他人の不動産を制度上いくらでも処分できてしまう。これは、「一部の悪質な詐欺」というレベルを超え、制度そのものの信頼性を揺るがす問題と言わざるを得ません。
この手口を完全に防ぐ方法は「ほぼ存在しない」
不安を感じる読者の方も多いと思いますが、率直にお伝えすると、今回のような手口を完全に防ぐ方法は、現行制度上ほぼありません。
あえて現実的な対策を挙げるとすれば、「本人通知制度」の利用です。これは、住民票や戸籍謄本などの公的証明書が、本人以外(代理人・第三者)に交付された場合、事前登録した本人に通知が届く制度です。
身分証の偽造には、必ず元となる個人情報が必要です。地面師事件では、住民票の不正取得が犯行の起点になることが少なくありません。「自分以外の誰かが住民票を取得した」という事実に早期に気づければ、名義変更や不審な動きに対して、先手を打てる可能性はあります。
もっとも、これも万能な防御策ではありません。それでも、一般の方が現実的に取り得る数少ない手段のひとつであることは確かです。
根底にある「刑の軽さ」という問題
地面師が後を絶たない背景には、構造的な問題があります。そのひとつが、刑の軽さです。
約55億円を騙し取った積水ハウス事件ですら、主犯格の刑は懲役12年にとどまりました。奪った金を海外口座などに移し、回収不能にしてしまえば、12年服役しても、実質的には「年収1億円超」という計算になります。
この歪んだインセンティブが存在する限り、地面師という犯罪がなくなることはありません。
地面師事件の経済的リスク…最大の被害者は誰か?
地面師事件というと、「売主が最大の被害者」という印象を持たれがちです。しかし、実務家の視点では結論は異なります。
経済的ダメージが圧倒的に大きいのは買主です。
売主
不動産を勝手に売却されるリスクはあるものの、売買契約は無効であり、名義回復の余地は残る(ただし、複数回転売されている場合は回復不能となるケースも)
買主
支払った売買代金は、ほぼ回収不可能
地面師は資金隠匿やマネーロンダリングまで織り込んで犯行に及ぶ
この現実を踏まえると、不動産取引では買主側こそ最大限の慎重さが求められるのです。
司法書士が警戒する「ハイリスクな不動産取引」…7つの例
最後に、実務の現場で「危険信号」と感じる取引の特徴を整理します。
次の条件が複数重なる取引は、特に注意が必要です。
①売買価格が億単位
②権利証がない、または事前確認を拒まれる
③売主が異常に売り急いでいる
④相場より安価(ただしあまり不自然ではない程度)
⑤乙区が異様にきれい(担保設定が一切ない)
⑥更地や貸しビルなど、居住実体のない不動産
⑦売主に正体不明のコンサルや仲介者が付いている
「1つだけ」なら偶然。「複数」なら要注意。不動産取引で最も危険なのは、違和感を覚えながら、それを無視して進めてしまうことです。
制度への信頼を守るなら「個人の犯罪」で終わらせないこと
不動産登記制度は、司法書士が誠実に職責を果たすことを前提に成り立っています。だからこそ、今回の事件が事実であれば、個人の犯罪として終わらせるのではなく、制度全体で向き合う必要があります。
不動産は、多くの人にとって人生最大の財産です。慎重すぎるくらいで、ちょうどいい。
それが、現場を見続けてきた司法書士としての率直な実感です。
佐伯 知哉
司法書士法人さえき事務所 所長
