スーパーの「特売30円豆腐」の裏側…「白紙の見積書」を出してまでシェアを奪う。過当競争に陥る豆腐業界

スーパーの「特売30円豆腐」の裏側…「白紙の見積書」を出してまでシェアを奪う。過当競争に陥る豆腐業界

スーパーで「1丁30円」や「60円」といった豆腐を見かけ、その安さに助けられていると感じることは多いでしょう。栄養豊富で家計の味方である豆腐ですが、その価格の裏側で、多くの豆腐屋が苦境に立たされている現実はあまり知られていません。本記事では、平川大計氏の著書『逆転の“最弱商材”豆腐屋ブランディング』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集して、なぜ豆腐屋が「価格決定権」を失い、倒産・廃業が相次いでいるのか、その背景にある業界の構造問題について解説します。

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家計にやさしい豆腐は商売としては難しい商材

豆腐は、日本で古くから親しまれてきた伝統食品の一つです。

 

味噌汁の具や冷や奴、湯豆腐、豆腐サラダなど、さまざまな料理に使われ、やさしい味わいと食感は、子どもから高齢者まで幅広く支持されています。原材料の大豆には良質なタンパク質やイソフラボンなどが豊富に含まれ、「畑の肉」と称されるほど栄養価が高いことでも知られています。


さらに、注目すべきは価格の手頃さです。2025年4月現在、全国のスーパーでは豆腐1丁が70円前後で販売されており、場合によっては50円台、特売では30円台まで下がることもあります。

 

日々の食材として手軽に使えるうえに、おいしくて栄養豊富、しかも家計にやさしい豆腐はまさに、家庭の食卓に欠かせない食材の一つといえます。

 

しかし、食材としての豆腐は確かに優れていますが、商材としては非常に難しいというのが実情です。その最大の理由が価格の安さです。豆腐1丁あたりの平均価格は、近年微増しているとはいえ2024年時点で60円台であり、1999年に100円を割ってからは下落傾向にあります(月刊ソイフードジャーナルの資料より)。

 

通常、豆腐屋が問屋に卸す際の価格(卸価格)は、店頭価格の半分程度になります。また、豆腐は特売の対象になりやすく、特売の際には特売用にさらに安い卸価格を要求されます。この卸価格には、豆腐屋から物流センターなどへ運ぶ物流費も含まれています。豆腐は、冷蔵で重量もあり価格も安いので、価格に占める物流費の割合も高くなりがちです。このような状況ですので、実際に豆腐づくりにかけられる費用はかなり限られ、労働環境の改善や必要な設備投資などに資金を割くことは容易ではありません。事実、以前の私たちは、従業員に低賃金や長時間労働を強いることで、かろうじて経営を維持しているような状況でしたし、現在でもそういう豆腐屋は少なくないのではないかと思います。

 

近年は、社会全体が長期にわたるデフレーションから脱却しつつあり、物価が上昇することへの抵抗感は薄れつつあります。それでも豆腐に関しては、激しい価格競争のなか、十分に価格を上げきれておらず、倒産や廃業があとを絶たない状況にあります。

スーパーの台頭で豆腐屋の商売の形態が激変

豆腐が商売的に難しい商材となった背景には、スーパーの台頭があります。江戸時代には、豆腐の販売は「振り売り」と呼ばれる行商が主流だったそうです。天秤棒の両端に桶をつるし、豆腐を入れて売り歩く――。明治時代にはラッパを吹きながら販売するようになり、その音が「トーフー」と聞こえるよう工夫されていたとも伝えられています。

 

戦後になると、全国的に豆腐屋が増え、どの地域にも必ず1軒はあるというほど身近な存在となっていきます。厚生労働省の統計によれば、終戦した1945年には約3万5,000軒だった豆腐製造業の営業許可施設数は、1960年には5万軒を超えました。現在のコンビニエンスストアの数とほぼ同じ水準に達していたのです。

 

店頭での販売も定着し、朝食の冷や奴や味噌汁に使う豆腐を買い求めて、地域の人々が豆腐屋に立ち寄る――そんな光景が、昭和の時代には見られていました。豆腐を包装する設備がまだ普及していなかった時代は、鍋やボウルを手に買いに行くのが日常だったのです。

 

昭和初期から中期にかけての豆腐屋は、豆腐をつくり、地元の人々に直接販売する「製造販売業」として成り立っていました。現代でいうBtoCの形態です。現在多くの豆腐屋が行っているような、製造してスーパーなどに卸すBtoBビジネスではありませんでした。

 

豆腐屋の数が5万軒を超えるまでに増加したのは、それだけ採算がとれる商売だったからです。原材料は大豆、凝固剤、水だけと原価が低く、一定の品質を保っていれば利益を出しやすい商材でした。一日に100丁つくれば、家族4人が普通に暮らしていけたといわれています。
 

製造工程も比較的シンプルなため、飲食業にありがちな長い修業は不要で、未経験者でも参入しやすい業種だったと思います。設備投資などの初期投資も抑えられたので、その点も、新規参入を促しました。豆腐づくりは朝が早く、仕込みは夜明け前から始まります。そうした苦労を上回る、安定した需要と利益が見込めたからこそ、多くの人が豆腐屋を開業したのです。当時は「食えなくなったら豆腐屋をやれ」という言葉があり、豆腐屋の堅実さを物語っています。

 

しかし、豆腐屋という業種の安定性は、そう長く続きませんでした。昭和の中期、スーパーという新しい小売業態が登場し、全国に広がり始めたからです。スーパーは、生活に必要な食材を一度にそろえられる便利さと、値頃感のある価格設定により消費者に支持され、やがて食のインフラとして社会に深く根づいていきました。

 

そしてこのスーパーの拡大が、豆腐屋の商売を根本から変えていくことになります。豆腐は町の豆腐屋で買うものではなく、スーパーで買うものへと変わっていったのです。

 

ここから、豆腐の“価格決定権”を手放す時代が始まります。

 

次ページ“価格決定権”を失うこととなる製造卸売業への転換
逆転の“最弱商材”豆腐屋ブランディング

逆転の“最弱商材”豆腐屋ブランディング

平川大計

幻冬舎メディアコンサルティング

経営者必読!地場産業を活性化させるブランディング戦略をお届け。 倒産寸前の豆腐屋を立て直す「豆腐屋ブランディング」ストーリー、“最弱商材”の鮮やかな逆転劇。 地元の産業を守りたいと願う人や、地域ビジネスに挑…

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