知的労働者階層が多い地域は不動産価格の上昇も速い
前回は、米国主要都市の不動産開発に関わる許認可取得難易度を示す指標と、不動産価格との相関関係を説明しました。今回は、米国主要都市圏における知的労働者階層(以下「クリエイティブ・クラス」という)割合が、不動産価格にどのように影響を与えているかを検証します。
米国都市社会経済学者でリチャード・フロリダ氏が、都市経済の成長モデルとして、クリエイティブ・クラスに着目、その実証的研究と体系化を行っています。
本稿は同氏著書、『クリエイティブ・クラスの世紀』(ダイヤモンド社、2007年4月発行)、『クリエイティブ資本論』(ダイヤモンド社、2008年2月発行)、『新クリエイティブ資本論』(ダイヤモンド社、2014年12月発行)などを参考にして、その考え方を解説していきます。
同氏は米国労働統計局のデータを分析し、クリエイティブ・クラスに以下のような職業分類が含まれると定義しています。
●コンピュータおよび数学に関連する職業
●建築およびエンジニアリングに関連する職業
●生命科学、物理学、社会科学に関する職業
●教育、訓練、図書館に関連する職業
●芸術、デザイン、エンターテイメント、スポーツ、メディアに関連する職業
●マネジメントに関連する職業
●業務サービスおよび金融サービスに関連する職業
●法律に関連する職業
●医療に関連する職業
●高額品のセールスおよび営業管理に関連する職業
そして、このクリエイティブ・クラス(知的労働者階層)に共通した価値観、まさしくイノベーション・経済成長の原動力となる「3つのT」があることを指摘しています。
その「3つのT」とは、
①技術(Technology)→ミルケン研究所で測定されている都市ハイテク産業集積度を示す指数、および、特許件数増加率〔米国特許商標局〕で測定。
②才能(Talent)→労働力に占めるクリエイティブ・クラスの比率で測定。但し学歴は関係がないとし、経済的な貢献が重要である。
③寛容性(Tolerance)→ゲイ指数・外国出身者集中度・芸術家/音楽家/エンターテイナーの集中度・人種構成比に注目した人種統合指数で測定。
だとしています。同氏はこれら「3つのT」を加重平均することによって「クリエイティビティ指数」を開発しています。
それでは、クリエイティビティ指数による全米主要都市上位10大都市圏および中低位3大都市圏を、以下の図表1でご確認ください(1999年および2009年データにより算出)。指数は上段に示しています。また、順位は全米331都市圏内の順位を表します。
また、中段に1人当たりGDPの推移(2000・2010・2015年データを採用)と、下段に都市別CSコアロジック住宅指数の推移(季節調整済、2000年末・2010年末・2016年9月末)を記載しました。
クリエイティビティ指数で900以上を獲得している都市の経済成長および住宅価値上昇は、指数900以下の都市に比べ明らかに速いスピードで経済成長・価格上昇していると言えます。
さらに言えば、同指数で900以上を獲得している都市は米国西海岸および東海岸だけに所在しているということです。
[図表1]クリエイティビティ指数による、全米主要都市上位10大都市圏および中低位3大都市圏
トランプ次期大統領の政策によっては経済停滞の危険も
それでは各都市におけるクリエイティブ・クラスの全雇用者に占める割合と絶対人数(カッコ書きの数値)を見てみましょう。やはり、サンフランシスコ・ベイエリアと東海岸に、この階層に属する人間が多く住んでいると言えます。
1. サンノゼ 46.9%(397千人)
2. ワシントンDC 46.8%(1,328千人)
3. ボストン 41.6%(1,002千人)
4. サンフランシスコ 39.4%(748千人)
5. シアトル 37.7%(603千人)
6. デンバー 37.6%(444千人)
7. ニューヨーク 35.8%(2,904千人)
8. サンディエゴ 35.6%(440千人)
9. シカゴ 35.1%(1,460千人)
10. ダラス 34.3%(970千人)
11. ポートランド 34.2%(329千人)
12. ロサンゼルス 34.1%(1,765千人)
13. マイアミ 30.4%(652千人)
14. ラスベガス 22.7%(183千人)
出所:米国労働統計局データ(2010年時点)
そして、このクリエイティブ・クラスが他の階層と比べ、どの位稼いでいるかを見てみます。明らかに他の階層と給与水準に格差が生じていることが一目瞭然です。
[図表2]クリエイティブ・クラスの給与水準
なお興味深いところでは、リチャード・フロリダ氏はクリエイティブ・クラスが都市の不動産価格と強い相関関係を見つける過程で、次の要素については相関関係が確認できなかったことを同時に結論付けています。
●人口規模・密度・増加
●イノベーションの水準
●温暖な気候、等の人を惹きつける場所
●(相関があるのは「所得」であるが、株式売却益・その他の収入を除いた)賃金
●地域の教育水準、人的資本、クリエイティブ・クラスの存在、職業の構成
最後になりますが、2008年リーマン危機後に起こったウォール街占拠はクリエイティブ階層が主導したという見方が同氏より紹介され、既得権者による工業化社会からの転換点となっていることも指摘しています。
とは言っても、トランプ次期大統領が移民規制からくる多様性否定を前面に押し出した政策を実際実施することになれば、2001年9月11日以降の数年間ブッシュ大統領が推し進めた政策がそうであったように、クリエイティブ・クラスの比率が高い海外諸国(カナダ・豪州・ニュージーランド・北欧等)への流出につながりかねず、米国西海岸および東海岸の大都市圏の成長停滞はある程度覚悟すべきであるとはいえ、だからといって内陸部が著しく成長すると期待するのは早計と考えています。