偶然か? 規制の厳しい州は「クリントン支持者」が多い
前回は、サンフランシスコ・ベイエリアのレント・コントロール(家賃値上げ規制)について説明しました。今回は、米国主要都市の不動産開発に関わる、許認可取得難易度を示す指標と、不動産価格との相関関係を見ていきます。
さて、不動産価格のすべては需要と供給の関係で決まります。不動産開発の許認可取得に難しく、かつ開発余地が限定的であれば、当然ながら供給は限定的になります。一定の需要のもとには値上がりの要因となります。
まず、2007年ペンシルバニア大学ウォートン校 Joseph Gyourko氏等が開発した、住宅開発許可取得難易度指数(WRLURI=Wharton Residential Land Use Regulation Index)のしくみ・都市/州の数値・難易度を見ていくのですが、その前に申し上げなければならないことがあります。
それは、日本人は全国一律との認識を持つ法制度ですが、米国では州ごとに法制度が異なり、かつ、極めて地方自治が進んでいるので、大都市圏(市町村)ごとに許認可取得過程に違いが見られるということです。したがって、許認可取得の難易度に格差が生まれることになります。
Joseph Gyourko氏らは、このWRLURI指数に以下の11の要素を点数化して算出しました。
①地元政治圧力団体数〔LPPI=The Local Political Pressure Index〕
②州政府の関わり(口出し)度合〔SPI=The State Political Involvement Index〕
③州裁判所の関わり(口出し)度合〔SCII=The State Court Involvement Index〕
④用途変更の容易さ〔LZAI=Local Zoning Approval Index〕
⑤開発許可の容易さ〔LPAI=Local Project Approval Index〕
⑥公聴会・住民投票等の直接民主主義度合〔LAI=Local Assembly Index〕
⑦供給制限の制度化度合〔SRI=Supply Restrictions Index〕
⑧容積率制限の度合〔DRI=Density Restrictions Index〕
⑨オープンスペースの制度化度合〔OPI=Open Space Index〕
⑩環境インフラ負担金の度合〔EI=Exactions Index〕
⑪役所における書類進行スピード〔ADI=Approval Delay Index〕
一言でいうと、規制当局の関与度合いの多寡を指標化したものです。
次に、2015年調査データをベースに、ペンシルバニア大学ウォートン校らが発表した、全米大都市圏ランキングを見てみましょう。
ボストン、フィラデルフィア、シアトル、サンフランシスコ、デンバーが全米で最も規制が厳しい大都市圏であり、ダラス、サンアントニオ、ヒューストン、タンパが最も規制が緩い大都市圏という結果となりました。
これに対して、戸建市場在庫(2010年時点)に占める過去5年間(2011〜2015年)の戸建許認可総数と、その割合を下記の図表1にまとめました。WRLURI指数と許可件数・許可割合については、緩いながらも相関関係を見出せます。
[図表1]最も規制当局の関与が少ない大都市圏はどこか?
ご参考までに、州別に難易度を見ていきましょう。最も規制が厳しい州は北東部および西海岸の州で、中西部および南部が最も規制が緩い州という結果でした。下記図表2の青赤の分布図をみると、クリントン、トランプの大統領選の結果を見ているようですね。
[図表2]最も規制当局の関与が少ない州
地方政府の規制がないので、より住宅を作れる内陸部
さて、それではWRLURI指数(規制当局関与度合)と、それからくる住宅在庫に占める許可割合が、長期的な住宅価格推移に何らかの影響を与えたかを見てみましょう。住宅価格は、過去25年にわたる都市別S&Pコアロジック・ケースシラー住宅指数(季節調整済)のデータを下記図表3にまとめました。
[図表3]都市別S&Pコアロジック・ケースシラー住宅指数
東海岸・西海岸と内陸部を比較すると、規制が明らかに厳しい東海岸・西海岸が、規制の緩い内陸部より、長期的な住宅価格上昇に与える影響は大きいことが分かります。
余談ですが、米国都市部では住宅上昇に差はあるものの長期的に上昇しているのは米国経済成長の恩恵と言えるでしょう。「失われた20年」の日本における、大きく上昇できない住宅価格とは大きな差があります。
また、西海岸が東海岸より長期的な住宅価格上昇に若干差があるのは、他の供給面の差が価格差にあらわれているものと考えます。そこでもう一つ考えられる供給面での要因を見ていきます。
2014年1月に、マサチューセッツ工科大学不動産センター・Albert Saiz氏が発表した論文から、人口50万人以上の全米95大都市圏について、人工衛星データ分析で地形上(海・湖・山岳傾斜地・湿地帯等の)開発できないエリアがそれぞれの大都市圏でどの程度あるかを下記の図表4で見てみましょう。
[図表4]大都市圏別の開発不可割合ランキング
総じて、西海岸が東海岸にくらべ開発余地が残されていないことがわかります。一方、内陸部は基本的にどこでも開発できる状況で、地方政府の規制さえなければ、無限大に住宅が供給されることになるわけです。