不安定な世界経済を生き抜く
2010年~2019年ごろ、私はインデックス投資「中期」を過ごしていた。リーマン・ショックの嵐が過ぎ去り、世界経済と株式市場は徐々に回復の兆しを見せ始めていた。しかしその回復も、決して一直線の上昇ではなかった。2011年3月には東日本大震災が発生し、日本経済と日本の株式市場は大きな打撃を受けた。震災による打撃に加え、東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響は長期に及び、被災地のみならず日本全体が不安に包まれていた。
欧州では2010年からギリシャ危機が顕在化し、その後スペインやイタリアにも飛び火するなど、欧州債務危機が進行。金融市場は再び不安定な状況となった。中国経済の減速懸念も徐々に強まりつつあった時期だった。これらの影響を受け、リーマン・ショックからの回復途上にあった世界の株式市場は、一進一退の展開が続いた。
このような状況の中、私のポートフォリオの損益は2013年になるまでの約5年間、マイナス圏で推移することになる。リーマン・ショックによって深い傷を負った私の資産は、ようやく回復の兆しを見せたかと思えば、次の世界的な不安材料によって回復が妨げられるという状況が繰り返されていた。
マイナスでも買い続ける? 投資家の覚悟を試される日々
損益がマイナスのなかで毎月積み立て投資を続けるというのは、精神的に厳しいものがあった。目の前の数字がマイナスとなっているものに、さらにお金を投入し続けるのだ。トイレ・トレーダー時代の言葉を借りれば、これは「下手なナンピンすかんぴん」といわれる悪手そのものだ。
想定外の損失を被ったときに「損切り」するのは個別株投資の鉄則である。私も若いころ、「含み損は早めに損切りし、含み益は伸ばせ」という言葉を信奉していた。株価が下がり続ける銘柄へのナンピン(追加投資)は、さらなる損失を膨らませるだけだと考えられていた。
しかし、長期のインデックス投資においては、これはまったく当てはまらない。『ウォール街のランダム・ウォーカー』では、「投資期間がたとえば20年以上と、かなり長期間でなければ、株式から平均的に得られる高いリターンを手にすることは難しい」と明確に述べられている。また、インデックスファンドの父と呼ばれるジョン・ボーグル氏は「航路を守れ」という言葉を残している。これは、一時的な市場の浮き沈みに惑わされることなく、最初に決めた資産配分とインデックスファンドの長期保有を守り通せという教えだ。
しかし、理屈では分かっていても、実際に損失が出ている投資対象に、毎月の給料からコツコツとお金を振り向けるのは、一般的にはなかなか困難な作業だと思う。「本当にこのまま続けていいのだろうか」「もしかしたら、もう市場は上がらないのではないか」という思いが頭をよぎることもあった。毎月の入金日に、証券口座の画面を開き、マイナス表示を確認しながらも淡々と買付注文を出す。この作業は楽しいものではなかった。
にもかかわらず、私がこの時期を乗り越えられたのは、インデックス投資という手法のシンプルさにあったと思う。思いを行動に移せばそれは習慣になり、習慣になってしまえばあとは自然に続けられる。これは人間の心理の不思議な特性だ。シンプルな行動であればあるほど習慣にしやすい。月1回の定時定額の積み立て投資は、その動作自体はシンプルで手間がかからないため、習慣にすることができた。
もし、トイレ・トレーダー時代のように個別株を分析し、株価チャートを見ながらタイミングを計り、売買を繰り返すという投資スタイルを続けていたら、この時期を乗り越えることはできなかっただろう。なにせ、株価が上昇していた時期でさえ、個別株投資を続けるだけの精神力を私は保てなかったのだから。
米国に「KISSの法則」がある。「Keep it simple, stupid!」の略で、物事はシンプルに保つべきだという航空機設計の原則だが、これは投資にも当てはまる。
