それでも誤解は生じる
ところが、母が亡くなり相続が始まると、思わぬ誤解が生じました。次女の立場から見ると、長女が遺言執行者になっていることもあって、「もしかしてお姉ちゃんが自分だけに有利に進めるのではないか、お姉ちゃんが財産を独り占めするのではないか」と不安に感じました。一方、長女も心配していました。「妹はもっと財産を欲しがっているのではないか」互いに疑心暗鬼になり、しばらくは距離が生まれてしまいました。
誤解が解けた瞬間
状況が変わったのは、長女が正式に遺言書を次女に見せたときでした。そこには、母親の明確な意思が記されており、三人の子どもそれぞれに平等に財産を分ける形が示されていました。
遺言の内容を確認した次女は、ようやく納得しました。そして、こう話してくれたそうです。
「あれから妹と話し合いまして、だいぶわだかまりは解けたように思います」お互いに相手を疑っていたのは、ただの思い込みだったのです。母親の遺言書がその誤解を解いてくれました。
長男にはアパートを相続させると記載されており、生前から長男が管理していたこともあって、想定通りの相続となり、不満はなかったと明美さんは話しています。
遺言書が果たす「家族の橋渡し」
今回のケースでは、公正証書遺言があったことで「争族」になるのを防ぐことができました。遺言書は、単なる法律上の効力を持つ書類ではなく、亡くなった方の思いを家族に伝えるメッセージでもあります。実際に、明美さんからは次のようなお言葉をいただきました。
「母が残した通りの相続でお世話になりたいと思います。
公正証書の作成からお力添えいただき、ありがとうございました」
この言葉からも、遺言書が家族の心をつなぐ大切な役割を果たしていることが伝わってきます。
相続手続きの実務もスタート
現在は、具体的な相続手続きに移っています。預貯金の残高証明や保険証券のコピーの提出、さらには「準確定申告」の手続きについて税理士と連携するなど、細かな実務が続きます。
ご家族にとっては分からないことも多いですが、遺言書があり、遺言執行者が指定されているため、大きなトラブルになることなく、着実に手続きを進めることができます。
この実例から得られるポイントは、次の3つです。
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過去の相続で揉めた経験を教訓に、事前に準備することが大切
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遺言書は「財産の分け方」を示すだけでなく、家族への思いを伝えるもの
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公正証書遺言にしておくことで、誤解が解け、相続を円満にまとめやすくなる
もし今回、遺言書がなかったらどうなっていたでしょうか。おそらく子どもたちはそれぞれ「相手が有利になるのでは」と不安を抱き、話し合いは平行線をたどっていたかもしれません。そうなれば、相続は「争続」となり、時間も費用も心の負担も大きく膨らんでいたでしょう。
まとめ
相続は、単に「財産を分ける作業」ではなく、「家族の関係をどう残すか」という大きなテーマでもあります。今回のご家族のように、事前の準備と遺言書の存在があれば、相続を円満に乗り越えることができます。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp)認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
