通帳は見せない、手元現金が1,000万円?
さらにむつみさんを不安にさせるのは、兄が「通帳は弁護士が管理しているから見せられない」と言い張り、財産の全貌を見せようとしないことです。
遺産分割協議書には、手元現金1,000万円と記載されていますが、いつ下ろしたものかもわからず、しかも、1,000万円というまとまった額は違和感があります。
「通帳も見せないし、父が持っていた現金がどこにあるのかも説明がない……。何か隠しているんじゃないかと疑心暗鬼になってしまいます」とむつみさん。
「署名を急げ」と迫られる不安
亡くなって3ヵ月ほど経った頃、弁護士から連絡が入りました。
「遺産分割協議書に署名をお願いします。早く進めないと申告期限に間に合いません」
申告期限は相続発生から10ヵ月。まだ7ヵ月もあるのに、なぜこんなに急ぐのか……。
「中身がわからないまま署名なんてできないのに、兄も弁護士も『早く決めないと困る』としか言わない。このまま押し切られてしまいそうで怖いです」とむつみさんは言いました。
実際の遺産は複雑、総額も大きい
むつみさんがわかった範囲では、父の遺産は、
- 自宅マンション
- 賃貸アパート
- 数千万円の現金・預貯金
- 株式や投資信託(複数銘柄)
合計すると相続評価は1億円程度ですが、自宅マンションは相続評価の4倍程度になりそうで、時価では2億円程度になるのではと想定されます。これらを売却して現金化し、最終分配する予定です。
しかし、売却価格が適正か? 仲介手数料は妥当か? 税理士や司法書士の費用は? どれも説明がなく、後から大きな損失が出る可能性もあります。
遺言があっても安心できない理由
「遺言があるから相続はスムーズ」というのは大きな誤解です。遺言は誰が何割受け取るかを示すだけで、
- 財産をどう売却するか
- 経費をどのように負担するか
- 手続きをどのように進めるか
までは細かく定められていません。特に今回のように、
- 遺言執行者が兄
- 兄が弁護士に一任している
という構図では、もう一方の相続人が情報から排除され、「知らないうちに手続きが進んでいた」ということになりやすいのです。
弁護士費用は遺産から、取り分が減る
さらに、
- 弁護士費用
- 不動産売却費用
- 税理士・司法書士報酬
など、すべて遺産から支払われます。結果、兄も妹も取り分が減ります。
「私は弁護士に頼んでいないのに、その費用まで負担するなんて……。せめて金額くらい教えてほしい」とむつみさん。法律上は一般的な仕組みですが、だからこそ費用の透明性が必要です。
むつみさんがとった行動
不安を抱えたまま進めるわけにはいかないと考えたむつみさんは、
- 財産の明細と売却予定の情報開示を正式に請求
- 弁護士費用や経費の見積もりを確認
- 第三者の専門家(相続実務士)に相談
を始めました。
相続実務士は、財産調査、売却価格の妥当性チェック、協議書の内容確認を行い、むつみさんが不利益を被らないようサポートしますが、弁護士との交渉にあたるわけにはいかないため、交渉の窓口には弁護士を推薦しました。
透明性と専門家のサポートで、納得の相続に
このケースからわかることは、
- 遺言があっても安心できないことがある
- 遺言執行者が家族だと、もう一方が情報不足になりやすい
- 弁護士費用などが遺産から差し引かれ、取り分が減る
- 情報開示と第三者チェックが不可欠
むつみさんも、専門家のサポートを受けたことで、兄や弁護士に情報開示を求められるようになり、不透明だった手続きを透明化しつつあります。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp)認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
