面識のない司法書士から届いた遺言書
佳代さん(50代女性)が相談に来られました。今年亡くなった父親(80代)の相続のことで困っているといいます。
父親の相続人は、母親(80代)と、同居する兄(50代)と養子になっている兄の子(30代)と、結婚して実家を離れた佳代さんの4人です。
父親の葬儀の喪主は高齢の母親ではなく、家を継ぐ兄がなって取り仕切りました。昔から家は長男が継ぐものだと両親も言い続けていましたので、佳代さんもそれについての異論はありません。
しかし、まったく面識もない司法書士から公正証書遺言の写しが送られてきて、非常に驚いたといいます。それだけでなく、その内容についても納得がいかないというのです。
父親は資産家で賃貸事業
父親は長男で、祖父から相続した自宅以外にも、いくつかの土地がありました。祖父が亡くなったのは50年近く前で、昭和50年代。まだ土地の評価が低いときで、当時は相続税の基礎控除も多く、相続税はかからずに相続できたということでした。
ところが、その後、バブル経済を経ても土地の評価は以前より上がったことや、相続税の基礎控除が下がったことなどから、父親にはいろんなところから土地活用の提案があり、節税対策として貸店舗やマンションを建ててきました。土地は父親名義ですので、父親の事業ですが、建物の建築費は銀行から借入をしており、兄が連帯保証人になっていることも聞いていました。けれどもその詳細は兄任せで佳代さんは詳しいことは聞いていません。
父親の財産と遺言書の内容
佳代さんは20代で結婚して家を離れましたが、父親が持つ土地に夫と共有名義で家を建てて住んでいます。父親の土地を借りている状況ですが、土地に地代を払うことはなく、ただで借りている使用貸借です。父親からは相続になったらその土地はあげるという前提で建物を建てていますので、暗黙の了解のもとに相続できると思っています。
父親の財産は約4億円。遺言書の内容は、佳代さんには自宅の土地だけで評価は約4,500万円。養子になっている甥はアパート1か所で評価は3,000万円。財産の半分の権利のある母親にはなし。残りの3億円以上は兄が一切を相続するという内容になっていました。
佳代さんは母親に、この遺言書について知っていたか尋ねましたが、母親は何も知らされていなかったそうです。おそらく父親が兄と相談し、遺言執行者である司法書士のアドバイスを受けて作成したものと思われます。
財産目録の請求
佳代さんは父親の亡くなった当時の財産の内容がわからないと言います。こちらでアドバイスしたのは、兄宛に目録を送ってもらうこと、遺留分を侵害している場合には請求することを文書で通知することでした。
佳代さんは自分ではわからないので、私のほうで窓口になってもらいたいということで、連絡役を引き受けることにしました。
ほどなくして兄からこちらに電話がありました。自分は詳しい内容は説明できないので、遺言執行者に代わると言い、司法書士が電話に出ました。
その司法書士によれば、「自分たちは遺言執行を依頼されているだけで、遺留分には関与しない」とのことでした。さらに、亡くなってから4ヵ月になろうとしているにもかかわらず、財産の明細がまだ作成できておらず、それも自分たちでは対応できないとの説明でした。誠意ある対応とは言い難いものでした。
遺言書の証人の役割や責任は?
そもそも司法書士は遺言作成時の証人であり、そのときに財産評価をして遺留分に抵触しない分割案を作成する必要があります。また遺言書は父親の意思で作成するとしても相続人の争いを引き起こさないような配慮として、相続人に遺言書があることや内容を知らせておくだけで争いは減らせます。
父親のプラス財産や借り入れなどのマイナス財産も知らせておき、財産の全体像がわかっていれば今回の佳代さんのような不満は出ないと言えます。
さらに、なぜ、母親の半分無税という特例を適用して相続税を節税しないのかも、明確な理由があれば、伝えて共有しておくべきでした。
遺産分割をし直すこともできる
いまだに財産の目録が佳代さんの手元にとどかず、遺留分を侵害しているのか否かの判断がつきません。これでは、司法書士は遺言執行者に適任とは言えず、信頼できないと言わざるを得ない状況。
こうした場合、相続人が全員の合意があれば、公正証書遺言に記載された遺言執行者を解任し、別の専門家に依頼することができます。
しかし、今回は兄と甥が遺言書で手続きをするとしていますので、このまま遺言書に従って手続きすることになり、母親と佳代さんが遺留分の侵害請求ができるのです。
まとめ
公正証書遺言は、家族間の争いを防ぐために意思を残す手段です。しかし、その内容や作成方法、伝え方によっては、遺留分請求など新たな争いを招くことがあります。
本来であれば、関わる専門家が十分に配慮し、想定される争いを未然に防ぐ手立てを講じるべきです。ところが、今回の遺言執行者である司法書士からは、そうした配慮や誠意が感じられず、その姿勢は相続人の佳代さんにも全く伝わっていません。
間に入る私としては、これ以上争いが拡大しないようクッション役を果たしたいと考えています。そのためには、専門家同士の円滑なコミュニケーションが欠かせませんが、今回の司法書士はそれができないようで残念です。法律論だけを振りかざしていても、解決にはつながりません。
やむを得ず、当事者である兄を窓口として解決を進めていく方針です。なお、司法書士が主張する遺言執行者の権限や役割についても、あらかじめ説明しておきましょう。
