父親が亡くなった後、遺言をめぐって兄との関係に悩むむつみさん。遺言があるからといって、必ずしも相続がスムーズに進むとは限りません。むしろ、遺言をきっかけに家族間でトラブルが表面化することも少なくないのです。今回のケースでは、兄が遺言執行者として弁護士に一任したことで、妹であるむつみさんが「情報から排除されてしまう」状況が生まれていました。こうした相続トラブルの落とし穴について、相続実務士・曽根惠子氏(株式会社夢相続 代表取締役)が解説します。
父が亡くなって3ヵ月、兄からの一方的な連絡
「父が亡くなってから、ずっと心が落ち着かないんです……」
そう話すのは、50代女性のむつみさん(50代)。ひとりで相談に来られました。ネットニュースで事例を読んで、相談しようと思ったということです。
むつみさんの父(80代)は、3ヵ月前に他界しました。母はすでに亡くなっており、相続人は兄(60代)とむつみさんの二人だけです。葬儀が終わった後、兄から送られてきたのは父の「公正証書遺言」でした。兄は「遺産分割は遺言に従って進める。手続きは弁護士に任せるので打ち合わせをしたい」と伝えてきたといいます。
指定された弁護士事務所に出向いたむつみさんに対し、弁護士はこう告げました。
「遺産分割協議書を作成しましたので、今月中に実印を押してください」
長男だから取り分が多い…納得できない遺言
実はむつみさんは、生前に父から「兄に言われて公正証書遺言を作った」と打ち明けられていました。内容は、兄が6割、妹であるむつみさんが4割を相続するというものです。
兄は大手上場企業に勤める会社員で、役員にまで昇進したほどのやり手。ただ、その一方で昔から一方的で高圧的、今の言葉で言えば“モラハラ”な性格でした。父とも折り合いが悪く、長年にわたり確執を抱えていたといいます。
「父の面倒を見ていたのは私のほうなのに、なぜ兄の取り分が多いのでしょう。遺言だって、兄の意向で作られたのでは……」
むつみさんは、どうしても腑に落ちない気持ちを抱えています。それでも「兄には理屈で太刀打ちできない。結局は従うしかないのかも」と思い込んでしまっているのです。
弁護士が主導、妹には情報がない
むつみさんは、父親の公正証書遺言で手続きを進めるのは致し方ないと思っているのですが、なぜ兄が遺言執行者の立場で、弁護士を雇い、手続きを進めるのか、腑に落ちないといいます。
弁護士から説明されたのは、
- 預貯金や証券を解約し、弁護士名義の口座で管理
- 自宅とアパートは売却予定
- 弁護士費用や諸経費を差し引いた残額を、兄6割、妹4割で分配
という流れで手続きを進めるということでした。自分たちで手続きをすればいいのに、なぜ、弁護士が必要なのか? と兄の思惑がわかりません。
さらに、むつみさんには、
- 財産がどれだけあるのか
- 不動産がいくらで売却されるのか
- 弁護士費用や経費がどれくらいかかるのか
といった情報が、まったく開示されません。「遺産分割協議書」に記載がある財産の裏付けがとれないのです。
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
一般社団法人相続実務協会 代表理事
一般社団法人首都圏不動産共創協会 理事
一般社団法人不動産女性塾 理事
京都府立大学女子短期大学卒。PHP研究所勤務後、1987年に不動産コンサルティング会社を創業。土地活用提案、賃貸管理業務を行う中で相続対策事業を開始。2001年に相続対策の専門会社として夢相続を分社。相続実務士の創始者として1万4400件の相続相談に対処。弁護士、税理士、司法書士、不動産鑑定士など相続に関わる専門家と提携し、感情面、経済面、収益面に配慮した「オーダーメード相続」を提案、サポートしている。
著書86冊累計81万部、TV・ラジオ出演358回、新聞・雑誌掲載1092回、セミナー登壇677回を数える。著書に、『図解でわかる 相続発生後でも間に合う完全節税マニュアル 改訂新版』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『図解90分でわかる!相続実務士が解決!財産を減らさない相続対策』(クロスメディア・パブリッシング)、『図解 身内が亡くなった後の手続きがすべてわかる本 2025年版 』(扶桑社)など多数。
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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