法人A社 越境解消へ
さらに、この越境問題を複雑にしていたのは、問題のブロック塀がK氏とA社の所有地にまたがって建てられていたことでした。A社は状況を正確に把握したうえで非常に協力的に対応し、撤去にも同意しました。ところが、そのブロック塀はK氏の土地とも接しており、一方的に撤去できる構造ではありませんでした。
つまり、越境物が複数の土地にまたがっているため、所有者全員の合意と連携が不可欠だったのです。このためA社は説明文を作成し、「工事を一緒に行ってはどうか」という提案を記載した通知文をK氏に送付しました。しかし受け取られず、ポスト投函などで意思疎通を図ろうとする対応が続きました。
たとえ越境部分が数センチであっても、それが複数の権利者に関わる場合、問題は容易には解決しません。これは都市部の住宅密集地でよく見られる典型的な“土地境界トラブル”の一例と言えるでしょう。
“最終通告”と、手詰まりの結末
1か月以上は様子見として当社もA社もK氏の反応を待ちましたが、A社は業を煮やし、「最終通告文書」を作成しK氏に送付。一定の期限を設け、「誠意ある対応がなければ自己所有部分のみ撤去する」と通達しました。
しかし、結果的には期限を過ぎても、K氏からの正式な応答はありませんでした。
最終的に、A社は「自己所有部分に限ったブロック塀の撤去」に踏み切ることを決断し、作業を実施。一方で、K氏所有部分に関しては法的にも物理的にも手を出すことができず、越境状態は一部残されたままの形となりました。
このように、相手方の非協力によって、越境問題は完全な解決に至らないこともあるという、現場の厳しい現実が浮き彫りになりました。
決済するための手段
A社が越境物解消の工事を終えたとしても、このままではK氏の協力を得られる見通しは立たず、契約書上では決済要件を満たしません。そのため、決済するための方法として、買主に状況把握の上で判断してもらうため、時系列による10ページの状況説明の報告書を作成して理解を得るようにしました。買主会社ではあらたにブロック塀を設置するため、そうすればK氏側の越境物は影響がないとなります。買主会社は理解を示されて、決済ができるようになったのでした。
なんとか決済までこぎ着けたものの、長引く問題により、寿美礼さんの老後の安心感は大きく揺らぎました。もともと穏やかに過ごすはずだった時間が、契約の進展が見えない中で精神的な重荷となり、心身ともに疲弊していったのです。隣人のK氏との協力が得られないまま、売却も決済も先送りされる状況は、家族との将来設計にも影を落とし、不安が募る日々が続きました。まさに、老後の生活設計が不確実なものへと変わっていった瞬間でした。
越境問題が突きつける現実
この事例は、越境問題が「発見」されたあと、“解決”に至るまでに何が必要かを明確に示しています。
越境は「発見」より「解消」が難しい
- 越境そのものを測量で立証するのは比較的容易ですが、問題はその先の当事者間の合意形成や対応の調整です。
- 特に、隣地所有者が高齢・不在・非協力的などの場合、話し合いは難航し、対応不能に陥ることもあります。
越境解消には「法的手続き」が必要なことも
- 応答がない場合や協議が不調に終わった場合、調停や訴訟といった法的措置が必要になることもあります。
- しかし、今回のように「7cm」の越境に対して訴訟を起こすのは現実的ではなく、費用対効果や時間的ロスを考えると、手を出せないケースも少なくありません。
事前対策としての「調査」と「条項設定」が重要
- 売買契約前の現地立会・測量調査によるリスクの“見える化”が重要です。
- 契約書では、「越境があった場合の対応責任」「覚書取得の有無」「引渡しの可否」などを細かく定めておくことが、後のトラブル回避に不可欠となります。
おわりに:たかが7cm、されど7cm
この越境は、ビスとコンクリート基礎のわずか7cmの話です。しかし、その7cmが契約履行の大きな障壁となり、関係者すべてに重い負担を与えました。
不動産のプロにとっては「よくあるリスク」として処理しがちな越境問題も、売主や買主、近隣住民にとっては感情を大きく揺るがす問題です。
都市部では敷地が密集しており、境界に関する認識の違いや記録の曖昧さが、今後ますます問題化していくことが予想されます。
だからこそ、日頃の丁寧な調査と、トラブルを未然に防ぐための交渉力・対応力=“実務力”が、現場の最前線では求められているのです
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp)認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
