(画像はイメージです/PIXTA)

M&Aに関わる方々、特に中小企業の承継支援や仲介業務を行う士業・専門家の方にとって、「譲渡スキームの作り方」は本質的な理解が求められるテーマです。本記事では、銀行員として働いていた経験もある公認会計士・税理士の岸田康雄氏が、株式譲渡と事業譲渡の違い、譲渡スキーム設計の本質、そして「経営資源引き継ぎ」という重要な概念まで、網羅的に解説します。

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株式譲渡:法人格をそのまま引き継ぐシンプルな方法

M&Aにおける代表的な手法として、「株式譲渡」と「事業譲渡」があります。言葉はよく耳にするものの、それぞれの違いや活用の場面について、経営者として正しく理解することが欠かせません。

 

株式譲渡は、会社のオーナーが保有する株式を第三者に売却する形です。この手法では、会社という法人そのものがそのまま存続し、契約や従業員との関係、取引先との継続性にも基本的に大きな変化はありません。


手続きも比較的簡便で、買収対価も明確にしやすいため、一定規模以下のM&Aでは主流の選択肢です。

 

ただし、会社の資産・負債・簿外リスクもすべて引き継ぐことになるため、「会社全体を引き受ける覚悟」が必要です。表面上のシンプルさだけで判断するのは危険です。

事業譲渡:必要な事業だけを選び取る柔軟な手法

一方、事業譲渡は、会社を残したまま特定の事業や資産、人材、顧客などを選択的に売却する方法です。不要な事業や負債を切り離すことができるため、赤字事業は除外し、将来性のある事業のみを譲渡するなど、柔軟な対応が可能です。

 

ただし、契約や従業員の再契約が必要な場合があるため、実務は煩雑になりやすい一面もあります。また、譲渡対象に含まれる資産によっては消費税等の課税対象となる点にも注意が必要です。

税制だけで判断するのは危険――事業の本質を見極める

「株式譲渡の方が税率が低い」「事業譲渡には消費税がかかる」といった理由でスキームを決めてしまうのは、経営判断としては本質を見誤る可能性があります。

 

大切なのは、「何を引き継ぎ、何を引き継がないのか」という経営資源の取捨選択です。事業とは、ヒト・モノ・カネ・無形資産(ブランド、技術、顧客)で構成されており、どの資源を残し、どれを切り離すかで、スキーム選定の方向性が変わってきます。

会社を“箱”として捉えると見えてくる本質

会社を1つの「箱」と考えてみましょう。中には価値ある事業もあれば、今後の成長が見込めない部門もあるかもしれません。

 

この箱ごと譲渡するのが「株式譲渡」、中身を選んで譲るのが「事業譲渡」です。事業の選別と整理が重要な局面では、後者が合理的な選択となることも多いでしょう。

 

場合によっては、事業全体の譲渡ではなく、「一部の経営資源のみを引き継ぐ」という形も検討されます。たとえば、赤字事業の中から、価値ある顧客リストや人材だけを譲り受けるケースです。

 

このような取引は、形式的には雇用契約や資産譲渡の形をとることもありますが、実質的にはM&Aの一環として、企業の再編や成長戦略において活用されます。

経営者として考えるべき本質的な判断軸

譲渡スキームの選択は、税務や法務の知識だけで判断できるものではありません。経営者として重要なのは、「将来的に残すべき事業は何か」「どの資源が次世代の競争力になるか」という視点です。

 

M&Aは単なる取引ではなく、会社の未来をどう描くか、成長や再構築の手段としてどう活かすかという戦略判断です。そのためには、スキームの構造を理解したうえで、専門家の意見を聞きながら、自社にとって最適な形を導き出す必要があります。

まとめ:譲渡の成否は“中身”で決まる

M&Aにおいて株式譲渡、事業譲渡、経営資源の引き継ぎといった選択肢は、それぞれの状況に応じて最適な使い分けがあります。形式ではなく、「何を残し、何を譲るか」という本質から判断することが、経営判断としての王道です。

 

経営者として、目先の税務メリットや簡便さにとらわれず、会社の将来を見据えた選択をしていくことが、M&Aの成功につながります。

 

岸田 康雄

公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)

 

 

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