「目を覚ませ!」父と対峙するも虚しく……
週末、俺はアポなしで、電車で一時間半かけて実家に向かった。オヤジはひどく驚いた様子だ。
「おう、タカシ。久しぶりだな。連絡もせずどうしたんだよ、俺はこれから出かけるんだけど」
「オヤジ、話がある」
「何だ、あらたまって。人と待ち合わせしているから、今度にしてくれよ」
「待ち合わせって、女だろ? エミコから聞いたよ、婚活アプリで知り合ったんだって? いい年をして、みっともない! 相手はお金目当てに決まってるだろ」
「エミコがしゃべったのか! ほんとに口が軽いやつだな。静江さんのことだろう?」
「名前までは知らないけど、若い人じゃあるまいしアプリだなんて」
「タカシ、大丈夫だよ。確かに婚活アプリで知り合ったけれど、静江さんはそんな人じゃない。母さんが亡くなって不便している話をしたら、『よかったらお手伝いします』って言ってくれたから、お願いしただけだ。単なるお友達付き合いだよ。今度お前にも会わせるけど、会ったら安心するはずだ。彼女はな、ご主人からの暴力が原因で離婚したんだ。2人のお子さんを抱えながら、介護ヘルパーや家政婦の仕事をして大学まで通わせた立派な女性なんだぞ。うちにはこまめに来てくれて洗濯や掃除を手伝い、話し相手にもなってくれている。それに対してはお金をお支払いしているし、お前が心配するようなことは何もない」
「そんなこと、わからないじゃないか! 大体、母さんが亡くなったばかりなのに、実家でほかの女と一緒にいるなんておかしいよ! 俺は会わないからな」
「はいはい、わかったよ。何だお前、久しぶりに顔を出したらお金の話と文句ばっかりだな。母さんの仏前にろくに線香をあげるわけでもなく、片付けもエミコに任せきりのくせに! エミコだって、まだ子どもが小さくて大変だろうが。長男のお前がやらないから、人様に頼む羽目になっているんだぞ。いくら長男でも、そんな薄情な息子に遺産なんて一円たりともやりたくないね」
「はぁ? 俺はオヤジが心配なんだよ。そんな女に優しくされて鼻の下伸ばして。騙されているのがわからないのか? ちゃんとしたヘルパーさんを頼めよ」
「静江さんがちゃんとしているから頼んでいるんだよ。何か文句あるか?」
オヤジはそう言い放って、話の途中なのに出かけてしまった。なんだよ、せっかく人が心配してやっているのに。
息子・娘が驚愕した「父の選択」
母さんの一周忌が終わった直後のことだった。オヤジからこう切り出された。
「そうだ、お前らに話がある。俺は昨日、静江さんと籍を入れた」
「は!? 『籍を入れた』って、もう結婚したってこと?」
妹のエミコも仰天している。
「えっ? まだ一周忌が終わったばかりなのに、私たちに一言の相談もなく?」
「だって言ったら反対するだろう? だから言わなかった。そのかわり今後一切、お前らの世話にはならないから安心しろ。ただし、俺の金も不動産も当てにするな。静江さんは本当に優しい人だし、二人のお子さんもいい子たちだ。これからは、静江さんとその子たちと生きると決めたからな」
俺は声を荒らげた。
「そんな結婚は無効だよ、オヤジ! 俺たちの許可もなく。目を覚ませよ!」
