最期まで面倒見てくれるかと…介護を担ってくれた一人娘からの「正直、もう無理」に74歳父、涙。我が子に頼り切った老親が猛省した理由

最期まで面倒見てくれるかと…介護を担ってくれた一人娘からの「正直、もう無理」に74歳父、涙。我が子に頼り切った老親が猛省した理由

長寿化が進む現代の日本において、介護はもはや一部の人だけの問題ではありません。誰にとっても明日の自分ごとになり得る時代です。「自分に介護が必要になったら、ある程度は子どもに面倒を見てもらいたい。家族だから、それが自然だと思っている」——そう考える人もいるかもしれません。しかし、頼りすぎれば共倒れという厳しい現実が待っています。今回は、一人娘に頼って介護生活を続けてきた高齢の父親の事例を通して、親子の介護問題について考えていきます。

「もう無理…」一言に込められた娘の本心

Aさんにとって、娘は頼れる存在でした。「かわいい娘のために、自分はすべてを捧げてきた。その恩返しとして介護をしてくれるのは当然」。そんな気持ちも、どこかにあったといいます。

 

一方の娘は、父の介護のために長く勤めたフルタイムの事務職を辞め、週4日・残業なしのパート勤務に変更。急な休みも取りやすくするための決断でした。

 

Aさんの年金は月15万円。貯蓄は1,000万円ほどありましたが、バリアフリーのリフォーム費用や介護用品などで徐々に減少していきました。先行きの不安から、娘は外出も控えがちになり、友人と会う機会も激減。「父の世話をしなければ」「お金を無駄遣いしてはいけない」と、自らの人生を切り詰めるような生活が続きました。

 

そんなある日、お風呂の介助中にAさんが転倒しそうになり、「ちゃんと支えてくれ!」と語気を強めた時に、思わず口をついたのが、「もう無理」という言葉だったのです。

 

Aさんは、「可愛い娘のためにできることは全部してきた。だから老後の介護は返してもらうのが当たり前」――そんな思いが心のどこかにあったといいます。しかし、娘の疲れた表情と声に、深く反省させられました。


どれほど優しい娘であっても限界はある。悩みながら、必死に支えてくれていたことが伝わったのです。

 

その証拠に、娘はその後で「私が介護するから大丈夫、さっきの言葉は忘れて」。そうフォローしてくれました。それを聞いて思わず涙したというAさん。

 

Aさんはようやく現実を受け止め、公的な介護サービスを使うことを決意。年齢と共に身体の不自由さが増し、要介護3に上がったこともあり、最終的には近隣の施設への入居が決まりました。

 

その後、娘はフルタイムの仕事に復帰。会社帰りや休日には面会に来てくれるといいます。介護が終わったわけではありませんが、それぞれが自立した生活を送れるスタイルに変化したのです。

 

 

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