日本経済「失われた30年」の根本原因か…バブル崩壊後、勤勉な日本人が一斉に描き直した「人生設計」の恐るべき影響力【経済評論家が解説】

日本経済「失われた30年」の根本原因か…バブル崩壊後、勤勉な日本人が一斉に描き直した「人生設計」の恐るべき影響力【経済評論家が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

事故や災害、あるいは株価の大暴落といった「万が一の事態」に遭遇したとき、人々が一斉に「合理的な行動」をとることで、さらに被害が拡大することがあります。残念ながらこれらは予想がむずかしく、被害の抑制も容易ではありません。そして、この事象はときに、長期にわたって影響を及ぼすこともあるようです。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。

みんなが合理的に行動すると、みんなが損をする理由

劇場火災の際、観客個人として合理的な行動は非常口に向かって走ることです。しかし、全員が同じことをすると、非常口に大勢が殺到して悲惨な事態に陥ります。劇場支配人は「落ち着いて! 走らないで! 前の人の後ろをゆっくり歩いてください」などと放送しますが、人々が合理的に行動しているのを変更させるのは困難でしょう。

 

昭和のギャグに「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というのがありましたが、「みんなで渡ると余計に危ない」ことが起こり得るのです。むずかしい言葉で「合成の誤謬(ごびゅう)」と呼びます。

 

このようなことは、比較的頻繁に生じています。たとえばスポーツ観戦で、みんなが「よく見えるように立ち上がろう」とすると、みんなが疲れるだけで、見え方は変わりません(みんなの身長が同じならば)。

 

経済の世界でも、たとえば株価暴落の噂を聞いたときに投資家にとって合理的な行動は「売り注文を出す」ことですが、すべての投資家が売り注文を出すと、株価が暴落して全員が損をします。

 

合成の誤謬のむずかしいところは「起きるまではみんながリスクに気づかない」ということです。劇場火災が起きる前から非常口の少なさを懸念する観客や、株価暴落が起きる前から合成の誤謬による暴落を心配する投資家は少ないでしょうから。

みんなが豊かになろうとすると、みんなが貧しくなる理由

みんなが豊かになろうとすると、みんなが長く働いて多く稼ぎ、みんなが倹約します。すると、多くの物(財およびサービス、以下同様)が作られますが、少ない物しか売れないため、売れ残ります。

 

企業は売れ残りを防ぐために生産量を減らしますから、従業員を減らします。クビになった人は失業してしまいますから、貧しくなります。問題は、失業しなかった人も貧しくなる、ということです。経営者が社員に向かって賃下げを切り出すからです。

 

「君たちの給料を下げる。嫌ならやめてもらい、代わりに失業者を雇う。彼らは安い給料でも雇ってほしいといっているから」といわれれば、社員たちは「給料は下がってもいいから雇い続けてください」といわざるを得ないでしょう。

 

みんなが豊かになろうと頑張った結果、みんなが貧しくなってしまう、ということが起こり得るのです。じつは、バブル崩壊後の日本経済が長期低迷している理由はこれなのではないか、と筆者は考えています。

 

バブル期までは、人々が「もっといい生活がしたい」と考えていたために、長く働いて多く稼いで多く使うという人が多かったのですが、バブル崩壊後は高齢化社会を前に「老後資金を貯めたい」という人が増えてみんなが金を使わなくなった、ということではないでしょうか。

そして、バブル崩壊後の不良債権処理もまた…

バブル崩壊後、銀行は巨額の不良債権を抱えました。正直に申告すれば銀行が赤字決算になって経営者が恥をかく…とでも考えたのでしょうか、多くの銀行が不良債権隠しをしていたようです。時効なので書いてもよいでしょう(笑)。

 

各銀行にとって合理的なのは、恥をかいてでも、急いで担保不動産を競売することだったはずです。粉飾決算はいけない、というのみならず、不動産が値下がりする前に競売して少しでも多く回収するべきだったはずです。

 

問題は、これが合成の誤謬のリスクとなっていたということです。もしもすべての銀行が不良債権を正直に申告し、借金が返せない借り手から担保不動産を取り上げて競売していたら、日本中の土地が競売されて買い手がつかず、不動産が暴落してすべての銀行が破産して、日本経済も破綻していたかもしれないのです。

 

あるいは、銀行が巨額の赤字を計上しているのを見た預金者たちが一斉に預金を引き出すことによって銀行の資金繰りが破綻して倒産し、日本経済の破綻を招いていたかもしれません。

 

「有識者」たちは、銀行が不良債権を隠していることを批判していました。筆者にいわせると、彼らは合成の誤謬の怖さに気づいていなかったか、気づいていても「正しいことは正しいのだから、正しく行動すべきだ。その結果が悲惨なものであろうと」と考えていたのでしょう。「正しいこと」と「よい結果」が両立しないときにどうすべきか、価値判断の分かれるところだったのかもしれませんね。

 

当時、銀行には大蔵省検査が定期的に入っていました。いまの金融庁検査です。検査官は、容易に銀行の「粉飾決算」を見つけることができたはずなのですが、極端な事例を除いては「お目こぼし」をしていたのだろう、と筆者は考えています。

 

それを「監督官庁と業界との癒着だ」というのは簡単ですが、筆者は大蔵省を高く評価しているので、単なる癒着だったとは考えていません。彼らは「不良債権をすべて厳しく指摘したら、日本経済が破綻してしまうだろう。それを避けるためには、許容範囲ギリギリまで見逃して、絶対アウトなものだけを指摘するに止めるしかない」という高度な政治的判断をしていたのだろう、と考えています。

 

上記は筆者の単なる想像であり、当時の大蔵省幹部に聞いて見たことはありません。もしも筆者が正しかった場合、聞かれた方も困るでしょうから(笑)。

 

今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。

 

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塚崎 公義
経済評論家

 

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