人間の脳は「直前に見た数字」に影響されがち
人間の眼が錯覚するのは有名ですが、脳も錯覚します。
拙稿『ナゼ?「うまくいったら高額報酬を保証」より「ヘマしたら高額報酬から減額」の契約のほうが〈高い成果〉を見込めるワケ』では「一度手に入れたものには価値を感じて、手放したくなくなる」という錯覚を、『「病気リスクを伴う危険な仕事、いくらならやる?」「病気が治るかもしれない薬、いくらなら買う?」…人間の脳、同じ趣旨の問いかけに「判断がブレブレ」になる理由』では、「非常に小さな確率は実際よりも大きく感じる」という錯覚を取り上げましたが、今回は「人間は直前に見た数字に影響される」という錯覚を見ていきたいと思います。
ある教室で、学生に2つの質問をします。
1つ目:「利根川は50kmより長いと思いますか? イエスかノーで答えて下さい」
2つ目:「では、利根川の長さは何kmだと思いますか?」
別の教室にいる学生にも同じような2つの質問をします。
1つ目:「利根川は500kmより長いと思いますか? イエスかノーで答えて下さい」
2つ目:「では、利根川の長さは何kmだと思いますか?」
1つ目の質問で提示した数字の大きさの違いによって、2つの教室では、まったく同じ内容のはずの2つ目の質問に対する答えの平均が異なるのです。後者のほうが長いのですね。質問自体は同じ「利根川の長さは?」なのですが、直前に聞いた数字に影響されるということのようです。
学生に学籍番号の下2桁を書かせたうえで「アフリカにある国の数」を聞くと、学籍番号の下2桁が大きい学生のほうが第2問にも大きな答えを書いた、という実験結果もあるそうです…さすがにチョッと信じたくないですが(笑)。
10万円の商品…「高い」と感じるとき、「安い」と感じるとき
宝石店に行くと、店頭に高価で大きな宝石が展示してあることがあります。強盗に盗まれるリスクを覚悟してまで展示するには、それなりのワケがあるはずです。来店したアラブの王様が買ってくれるかもしれない、という期待もあるでしょうが、それ以外にも理由があります。
店頭の500万円の宝石をまぶしく見つめる客は、憧れを募らせながらも「ほしいけれど、買えない…」と思いつつ、店に入ることになります。すると店内には10万円台の宝石がズラリと並んでいます。「安い、これなら買える!」とばかりに、思い切って買ってしまう…という客も多いのではないでしょうか。
頭のなかに〈500万円〉という数字が残っているときに〈10万円〉という数字を見るのと、立ち寄った100均の記憶が残っているときに〈10万円〉という数字を見るのとでは、イメージがまったく異なるでしょうから。
高額商品に触れていると「5万円」も誤差の範囲に感じられ…
マンションを買うときは、広い5,000万円のマンションと狭い3,000万円のマンションを比べて悩む、という人も多いでしょう。「ローンを組んだときに返済できるか」など、さまざまなことを考えるのでしょうが、いずれにしても〈5,000万円〉と〈3,000万円〉という数字が深く頭に刻み込まれるはずです。
悩んだ末に決断して契約すると、今度は家具がほしくなります。家具売り場へ行くと、普通の5万円の家具と素敵な10万円の家具が並んでいるでしょう。「5万円と10万円なら誤差の範囲だから、素敵なほうを買おう」と即決する人も多いのではないでしょうか。
マンションを買ったら、家具を買うまでの間にある程度の時間の経過が必要です。その間に、遠くの安売りスーパーまで歩いたり、100均に立ち寄ったりして、頭から大きな数字を消し去ったあとに家具を買いに行けば、慎重に家具選びをするようになるでしょうから。
倍額に値上げしてから「半額バーゲン」開始!?
途上国へ行くと「値切れば半分以下になる」といった店も多くあります。日本人は値切って半分になると大いに得をした気持ちになって喜んで買う人も多いのですが、事情通は5分の1に値切っている、といったケースも少なくないようです。
先進国でも、常にバーゲンセールをしている店があります。100円の品を200円に値上げしたうえで「半額セール実施中」と宣伝するのです。200円という数字が頭に入ったうえで、半額セールだから100円で買える、となれば、得をした気分になって買う客も多いでしょうから。
「10個ぐらい買ってくれませんか?」「うーん、2個なら…」
筆者自身の失敗談もご紹介しておきましょう。親戚の若者が拙宅を訪ねてきたときの話です。
「おじさん、おかげさまで私は一流企業に就職でき、現在新人研修の最中です。研修の一環として、我が社の製品を知り合いに買っていただく必要があるのですが、おじさんにも10個ほど買っていただけないでしょうか?」
というのです。
我が家には必要のない製品ですが、「入社祝いに1個くらいなら買ってもいいかな」というのが正直な気持ちだったのですが、10個買ってくれといわれたので、つい2個買ってしまいました。「2個買ってください」といわれたら1個しか買わなかったでしょうに。
だまされたわけではないので、親戚の若者を恨むわけにはいきません。自分の脳が勝手に錯覚しただけですから。しかし、悔しいので、ポジティブ思考をすることにしました。「さすがに私の親戚だけあって、優秀だ」と(笑)。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義
経済評論家
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