創業者は事業承継に消極的!?
過去の欧米を中心とした研究では、特に創業者の場合、事業承継に消極的な傾向があることが明らかにされています。今回は、先代経営者の意識と後継者の選抜や育成に与える影響について考えていきます。
創業者は事業を自らが育んできたからこそ、二代目以降の経営者と比較して会社に対する思い入れが違います。これまでの研究で、創業者は事業を自らが築き上げた巨大建造物として認識しやすいことが明らかにされてきました。
創業者は、自社の発展に自分自身の成長や夢を投影してしまうのです。この心理的な傾向は、エディフィス・コンプレックスと呼ばれています。このエディフィス・コンプレックスによって、時に創業者は自分の子弟であっても事業の引継ぎに戸惑う場合があることが示されています。
それだけではありません。偉大な事業の創造者として長期的に組織に君臨することで、創業者の絶対的な存在感が、後継者の自律性や創造性の芽を摘んでしまう可能性があります。
過去の研究から、創業者は事業承継後も自分の影響力を維持できるような後継者を選ぶ傾向があることも示されています。これには、後継者の選抜や育成に次の二つの悪い影響をもたらす可能性があります。
第一に、先代経営者に親密的で従順的ではあるけれども、経営能力が低い後継者を選んでしまうことです。
第二に、たとえ実績があり実力もある後継者を指名しても、先代経営者が後継者になかなか経営の実権を与えず実権を握り続けてしまうことです。先述のエディフィス・コンプレックスが、後継者の選抜や育成においても影響する可能性が示されているのです。
事業を「先代からの預り物」と見なす日本の老舗企業
日本の研究では、駅伝タスキ経営という概念を使って老舗企業の事業承継が説明されています。この概念は、事業承継が駅伝レースに例えられ、現経営者は先代世代(前走者)から事業(タスキ)を引継ぎ、次世代(次走者)に引き継ぐというというものです。実際の日本の老舗企業では、事業は先代経営者からの大切な預かり物であるという口伝や家訓があります。
この駅伝タスキ経営の概念には、事業が現世代の私有物ではなく世代間の共有物であるとの意味が込められています。事業が世代間による共有物であると認識の高まりは、事業経営における現経営者自身のエゴを抑制できる可能性を高めます。
それだけではありません。事業が世代間の共有物であるからこそ、事業が現世代で完結されるのではなく、次の世代への事業継続が志向されるようになります。このことが、先代経営者からの承継プロセスにおいて、後継者の長期的かつ段階的な育成が正当化されることに繋がるのです。
<参考文献>
『会社の中の「困った人たち」上司と部下の精神分析』(金井壽宏・岩坂彰訳、創元社、1998年)
『老舗学の教科書』(前川洋一郎・末包厚喜編、同友館、2011年)
『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)
Danco, L. (1980). Inside the Family Business. Cleveland: The University Press.
Levinson, H. (1971). Conflicts That Plague the Family Business. Harvard Business Review, 49, 90-98.
Hall, D. T. (1986). Dilemmas in Linking Succession Planning to Individual Executive Learning. Human Resource Management, 25(2), 235-265.
Kets de Vries, M.F.R. (1985). The Dark Side of Entrepreneurship. Harvard Business Review, 63, 160-167.
Kets de Vries, M.F.R. (1995). LIFE AND DEATH IN THE EXECUTIVE FAST LANE. Jossey-Bass Inc.