前回は、リーマンショックによって、日本の製造業が受けた打撃について説明しました。今回は、相次ぐ苦境を乗り越えた「中小製造業」の歴史を見ていきましょう。

乏しい資本金にも関わらず、着実に事業は成長

歴史を振り返ると、私の会社はその誕生の時から「苦境」とともに生きてきたといって過言ではありません。

 

私の会社の原点は、第二次世界大戦の敗戦直前に刻まれています。戦前から大阪で琺瑯鉄器や琺瑯看板、ラッカー等の製造事業を手がけていた祖父重治が、戦時中に工場閉鎖の憂き目にあい、故郷の三重県名張市に戻って終戦前の1945年(昭和20年)3月31日に立ち上げた「大亜精工株式会社」。それが私の会社の「最初の一歩」でした。

 

設立当初は神戸製鋼所の下請け仕事として電気部品製造を手がけていたようですが、敗戦後に大阪時代に経験していた塗料業界に転身。戦災復興の建設需要に支えられて塗料の使用量が急増し、事業は波に乗ったようです。

 

あまりのニーズに塗料のヤミ価格が高騰するなどの混乱もあったものの、翌1946年には三重油脂化工株式会社と改称し、本社を名張市字鍛冶町において本格的な創業となりました。

 

創業者の重治は1904年(明治37年)生まれ。その父の又次郎は当初茶の輸出に成功して財をなしていたと聞きますが、やがて没落。その後小学校5年で奉公に出され、以降、子守、外商員、琺瑯製造、塗料製造、ラッカー製造等様々な事業に手を染めました。

 

いずれも乏しい資本金で小規模の事業を手がけたにすぎず、戦前は特筆すべき成果はあげていません。それでも真面目な性格とアイデア豊かな頭脳から、着実に戦後の塗料製造につながる技術と経験と知識、そして人脈や経営感覚を身につけていったのです。

「苦境」が新しいことへのチャレンジ精神を生む

とはいえ創業時からの私の会社の最大の「苦境」は、名張という故郷を創業の地に選んだことでした。

 

大阪へは西に約80㎞、名古屋へは東に約100㎞、まして東京までを考えると東に約450㎞も離れた田舎の小さな町に本社と工場を構えるということは、様々な意味で相当のハンディとなります。

 

[図表1]名張の位置

 

ことに創業間もない終戦直後は、まだ名張では電話すら十分に機能していませんでした。本社と名古屋に構えた出張所の間のやりとりは全てはがき。取引先との受発注も全てはがきや電報で行わなければならず、いまから考えれば気の遠くなるような時間と手間がかかったと聞きます。

 

もちろん塗料の配達も、オンボロトラックの荷台一杯にドラム缶を積んで、田舎道を走らなければなりません。悪路に荷物が崩れたこともあったろうし、雨水がたまった砂利道の路肩にタイヤを落とし、往生したこともあったはずです。取引先にとっては、電話すればすぐに商品が届く大都市に工場を持つ他社と比べれば、私の会社との取引は不自由で仕方なかったのではないでしょうか。

 

それでも祖父はこの地を離れませんでした。戦後不死鳥のように復興していく大都市大阪や名古屋、東京の様子を遠目に見ながら、あらゆることが不利な名張という地での操業を選んだのです。

 

もはや祖父からその真意を聞くことはままなりませんが、2代目を継いだ父克敏(現・相談役)も3代目社長の泉岡もそして私も、この地から離れようと思ったことは一度もありません。

 

逆に名張で操業を続けることは当然のこととして、それでもお取引していただけるよう、技術とアイデアを持って素材研究、商品開発にあたること、自他ともに認める世界のオンリーワン企業であること、常に新しい分野にチャレンジしていくこと。

 

そういう精神が社や社員のDNAのレベルにまで宿ったことは、ある意味でこの境遇であったからこその「苦境バネ」だったのかもしれません。

 

その誕生の時から「小」にして「遠」。だからこその「技術」と「アイデア」、そして「戦略」。私の会社の強みは、ここに原点があるといって過言ではありません。

 

[写真]オキツモ本社

オキツモ本社

本連載は、2016年10月14日刊行の書籍『世界トップシェアを勝ち取った田舎の小さな工場の奇跡』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

世界トップシェアを勝ち取った 田舎の小さな工場の奇跡

世界トップシェアを勝ち取った 田舎の小さな工場の奇跡

山中 重治

幻冬舎メディアコンサルティング

日本の製造業は成熟期を迎え、国内市場は縮小しています。大手メーカーは海外に市場を求め、海外での現地生産を加速していますが、海外に拠点を持たない国内の中小企業は、生き残りをかけた熾烈な競争を余儀なくされています。…

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